「ね、近くに来て、ちょっとかがんで」

紙袋を持ったまま静止した俺を、のぞみが手招きする。何かを企んでいる笑みだ。それがわかっていても断るわけにはいかない。

「なんか企んで……うわっ!」

彼女の指示に従って近づくと、急に抱きつかれた。勢いに押されてベッド横に強打した膝が痛いが、そんなことよりも驚きが勝った。

「え、なになになに」
「……落ち着くにおいがする」

首元のにおいを嗅がれている。あまりにも急すぎて頭がついていかないが、とりあえず嬉しいのと恥ずかしいのとで心臓が飛び出そうだ。すごい勢いで体温が上がっている感じがするのは、どきどきしているせいか、彼女の体温のせいか。きっとその両方なんだろう。

「もうちょっと待ったら雨止むんじゃないかな」

のぞみの声がすぐ近くで聞こえた。表情は見えない。でも、言いたいことは分かる。俺も同じ気持ちだからだ。

「じゃあ、止むまで待たせてもらおうかな」

少し姿勢を変えて、小さな背中に手を回す。どきどきはしているけれど、穏やかで心地がよい。ゆっくり目をつぶると、外から聞こえる雨の音と、のぞみの体温が世界の全てになった。そんな世界がひたすらに愛おしかった。