俺の返事を聞いたのぞみは、よかった、と笑った。柔らかい笑顔に心が安らいだ。俺が今すべきことは、のぞみの人生を悲観することではない。今この瞬間を目一杯楽しむことなはずだ。

俺は、のぞみの手を引いて歩き出した。

「ちょっと付いてきて」

少し強引に、でも痛くないように優しく。のぞみは急に引かれた手に少し驚きつつも、大人しく従っている。


「ここ、俺が気に入ってる場所」

ある場所で足を止める。別に特別な場所ではない。なんとなく毎年の花見の定位置になっている場所だった。

「ここ……」

俺の隣で立ち止まったのぞみは、呟いてから周りを見た。場所を覚えるように何度も左右を見回している。その横顔は真剣そのものだった。

俺も同じように周りを見る。見慣れた光景だ。のぞみがいる以外は。もしこれが、春の桜の中だったら、どんなに素敵な景色だろうか。そんなことを少し考えた。

いつの間にか、のぞみは目をつむっていた。もしかしたら、のぞみも桜の中にいることを想像しているのかもしれない。それは多分叶わないことだ。彼女には春はもう来ないのだから。

「どう?」

また悲観しかけた思考を止めるように、のぞみに尋ねた。彼女はゆっくりと目を開け、小さく頷いた。その真意は分からなかったが、穏やかな横顔から悪い感じはしなかった。