俺らは、しばらく子どもたちを見ていた。のぞみはこんな風に外で元気に走り回っていたことがあるのだろうか。そんなことが頭をよぎる。俺は冬に寝てしまうだけだから、冬以外は外で遊んでいたし、そういう面での制約は特段なかった。しかし、のぞみはそうはいかなかっただろう。普段何も気にせず見ている光景のはずが、妙に苦しく感じられた。
「冬くん、どうかした?」
のぞみは、黙り込んでしまった俺の顔を覗き込んで聞いてくる。俺は相変わらずそういうのが下手なので上手く誤魔化して笑うことはできなかった。
「いや、別になんでもない」
「えー、なんでもないって顔じゃなかったよ! 冬くんも一緒に遊びたくなっちゃった?」
なんとなく目を見れなくて視線を逸らして答えると、のぞみは笑ってそう言った。愛のある冗談なように感じた。
彼女は今、何を考えているんだろうか。あと少ししか残されていない時間を思わずにいられるほど、生に無頓着な人ではないと知っている。そもそも、楽しいことがあっても、辛いことを完全に打ち消すのは難しい。俺自身がそうだ。いくら楽しくても心の奥では冬のことを意識し続けてしまう。そういうものだろう。のぞみは笑っているけれど、実は今この瞬間も死の恐怖に侵されているのではないか。そう思うとたまらなかった。
「私、幸せだよ」
俺が無言のままにしてしまった空間に、のぞみがそんな言葉を置いた。唐突な言葉に驚いて、反射的にのぞみの方を振り返る。風がさあっと吹いて、少し時間が止まった。
「幸せなの」
もう一度言う。のぞみは笑顔ではなくて、でも悲しげな顔でもなかった。初めて見る表情のようで、それでいていつも見ているような表情にも思えた。
「私の人生は制限されることがいっぱいあって、悲しいこともいっぱいあって、しかももうすぐで終わっちゃう。でも、私は今ここで冬くんといられて幸せ。私の今感じてる幸せは、辛い現実を変えてくれるものではないけど、辛い現実なんかに負けるようなやわなものじゃないよ」
まっすぐに俺を見据えたまま、はっきりとした声でそう言い切った。俺の考えていることを見透かしたような言葉だ。思っている何倍ものぞみは強い。そう感じた。俺がうじうじとマイナスなことを考えている間にも、のぞみは幸せを噛み締めていたのだ。途端に自分が恥ずかしく思えてきた。結局のところ、のぞみを不幸だと勝手に決めつけていただけだったのである。そんな失礼なことをしていた自分を一発殴りたくなってきた。
「冬くんは幸せ?」
数分前の自分を殴ろうとグッと拳を握った俺に、のぞみが聞いてきた。質問ではあったが、答えはきっと分かっているはずだ。
「いろいろあるけど.......でも、俺も幸せだ」
辛いことは打ち消せない。それでもそう答えられるくらいには、幸せも感じることができていた。