地下鉄の駅構内にある書店。その店は、出入口付近に新刊本の山がいくつもある。その中でも、ひと際広いスペースを与えられ、「今年一番泣ける本」「読みたいランキング1位」「珠玉の恋愛小説」「一番売りたい!賞ノミネート」などと、大仰な売り出し文句をいくつも冠しているその本に一瞥をくれると、僕は店を出た。
地下鉄に乗れば、中吊り広告がこれ見よがしに視界に入る。それは、先ほど目にした本、『この愛の果てに』の宣伝広告だ。今やベストセラー作家となった藤原宣孝の新刊のプロモーションに辟易として、空いている座席に深く腰掛けると、僕は目を固く閉じた。
本当にこれで良かったのか。
何度目になるかわからない自問自答を繰り返したところで、もう世に出てしまったものは仕方がない。これから先、僕はどうするべきか。それを考えなくてはいけない。
そんなことを考えながら、自宅に帰りつくと、玄関を開け、奥の部屋へ声をかける。
「師匠、ただいま~」
物音ひとつしない。けれど、それはいつものことだ。僕は気にすることもなく、靴を脱ぐと、廊下をぬけ、部屋のドアを開けた。ドアの先は、リビングへと繋がっている。間取りは1LDK。26歳の独身男子の自宅としては、少々無駄な間取りかもしれない。
そんな無駄な空間へ足を踏み入れると、白檀の涼やかで甘い香りがほんのりと鼻腔を擽る。これは、師匠の残り香だ。この匂いがするということは、つい先ほどまで師匠はここにいたはずだ。
「師匠~。戻りましたよ~。出てきて下さいよ~」
そう言いながら、僕は入口のすぐ横に置いてある、卓上の紫水晶ドームを一撫でして、紫水晶の窪みを覗き込んだ。岩の内側に空洞状に水晶が形成されたそれは、僕の家で代々受け継がれていた物らしく、今は、僕が譲り受けている。ドームを撫でて程なくすると、空洞内の紫水晶に、まるで夜空が星を抱き始めたかのように、いくつかの小さな煌きが浮かび、先ほどまで僕の鼻腔を擽っていた香の薫りが濃くなった。
「なんじゃ宣孝。私は、つい今しがた眠りについたところなのじゃぞ」
ドーム内を覗き込んでいた顔を上げると、僕の正面には、扇子で口元を覆いながら、眠そうな声を上げる師匠、紫式部その人が立っていた。
うちには、紫式部がいる。そんな事を言っても誰も信じないだろう。だが、実際に今僕の目の前にいるのだ。かの有名な紫式部が。
そうは言っても、僕だって、初めて師匠 紫式部を目にした時は、全く信じなかった。
大学を卒業後、定職にもつかず僕は作家の真似事をしていた。そんな生活が許されたのは、僕の実家が《《少々》》裕福だったことと、そして叔父が出版社の《《少々》》偉い人だったからだ。
全く鳴かず飛ばずの無名作家生活を送ること二年。25歳の春。僕の前に師匠は突然現れた。
その日、新作小説の展開に行き詰まっていた僕は、アイディアが一向に浮かばず、きっかけを求めて、父の書斎を訪れた。その部屋には、古書や古美術、骨董品など、いろいろな物が置いてあった。
書斎に入ると僕は、何か小説のネタになるものはないかと、室内を物色した。何が書いてあるのか分からない掛け軸や、黒光りする器、どんな価値があるのだろうと思わざるを得ないような硯といったものが、それぞれ大切そうに桐の箱に納められている。そうかと思えば、ミミズの這ったような字で書かれた書物や、黄ばんでボロボロになった紙の束が、これまた厳重に密閉された箱に保管されていた。しかし、どれもこれも僕には全く価値の分からない物ばかりで、興味も湧かず、残念ながら、ほとんどの箱を開けてはすぐに閉めた。
何度目かのその動作の後、僕の目を引いた物があった。それは、卓上サイズの紫水晶の結晶だった。僕はそれを手に取ってみた。よく見てみると、ドーム状になっている紫水晶の中には、小さな煌きがいくつもあった。埃だろうかと思い、それを払おうとさっと撫でると、水晶の色が幾分濃くなったような気がした。そして気がつけば、埃っぽい臭いに紛れて、書斎には甘い薫香が微かに漂い始めた。
どれくらいの時間そうしていたのか、水晶ドームの不思議な魅力に魅入られたかのように無心で眺めていた僕は、ふと我にかえると、それを木箱へ戻そうとした。その時、背後から突然、声がした。
「これ。せっかく外に出られたのじゃ。戻すでない」
「!?」
突然の声に驚き、僕は水晶ドームを取り落としそうになった。しかし間一髪、それをしっかりと握り直して、僕は慌てて振り向いた。そして、自分の目を疑った。そこには、十二単を纏い、引きずるほど長い髪をゆったりと背中で一つに纏めた、いわゆる平安美女がいたのだ。
「誰!?」
僕の失礼極まりない問いを、平安美女は意にも介さない様子で聞き流した。そして、手に持っている扇子で口元を隠しながら、気怠そうに言葉を放った。
「まずは、水晶を机の上に置くのじゃ。宣孝」
「!!」
「それが割れてしまっては、私が困る」
平安美女の言葉にハッとなった僕は、促されるまま、机の上に水晶を慎重に置くと、さりげなく後ずさり、彼女から距離を取った。それからもう一度尋ねる。
「あんた、誰!?」
そんな僕のビビリっぷりがおかしいのか、平安美女は、扇子で口元をしっかりと隠したまま、たっぷりと間を置いてから僕の問いに答えた。
「私は、お前の先祖じゃ。宣孝よ」
「はぁ? だから、誰だよ?」
あの日、僕の前に現れた師匠は自分を紫式部だとは名乗らなかった。それと言うのも、紫式部というのは、周りの人たちが勝手に呼んでいた呼び名だそうで、師匠本人が「私の名前は紫式部じゃ」と言ったことは一度もないらしい。では、師匠の本当の名前は何かというと、それは教えてもらえなかった。どうやら呪詛対策として、平安貴族たちは、自分の名前をむやみには教えないらしい。
師匠の身の上話をまとめると、光源氏が主人公の物語を書いていた、夫の名前が僕と同じだった、時の権力者にずいぶんと贔屓にされ、作家業を続けていくうえで、幾分かの援助を受けていたということだった。
光源氏が主人公の物語と言えば、言わずと知れた紫式部作『源氏物語』のことだろう。史実によれば、紫式部の夫は藤原宣孝だと言われている。驚くことに、本当に僕と同じ名前である。さらに、紫式部は『源氏物語』を執筆中、時の権力者である藤原道長から墨や紙といった現物支援を受けていたことは、文学の世界では定説となっている。
これらの合致点から、僕は師匠が千年以上も前の先輩作家、紫式部その人であると得心した。
ちなみに彼女が憑代としている紫水晶ドームも、その権力者とやらから送られた貴重な品らしい。どういう経緯で紫水晶を憑代とするようになったのかについては、「そのようなこと、忘れてしまったわ」の一言で片づけられてしまったので、不明である。
それ以外に何か情報が得られればと思い、紫水晶の所有者であった父にそれとなく聞いてみたりもした。だが、何もわからなかった。紫水晶ドームについては、先祖代々受け継いでいる物だということは分かっているが、いつごろから我が家にあったのかなど詳しいことはわからないようだった。先祖については、全くのお手上げ状態で、一切の情報がなかった。直近の先祖のことならいざ知らず、平安時代まで遡るとなると、情報がないのも致し方ない。
何はともあれ、僕は熟考の末、師匠を不審人物ではないと判断した。
しかし、そうは言っても、師匠が不思議な存在であることには変わりない。初めのうちは、紫水晶の中で過ごしていること自体が信じられなかった。だが、人とは、状況に順応する生き物なのだ。一年半の師弟関係を経て、今では、師匠という存在を僕は当たり前に受け入れている。
ところで、僕はなぜ紫式部を師匠と呼んでいるのか。それはもちろん、彼女がそれを望んだからである。
師匠は、憑代の中にいる間も、外の世界のことをうっすらと見たり感じたりできるらしい。そのため、僕が彼女の子孫であることも知っていたし、平安と現代においての常識のずれなどにも、本人が順応するかは別にして、それなりに理解を示している。
ただ、実体化となって水晶の外へ出たことは一度もなかったらしい。それならば、なぜ実体化して外へ出てきたのか。そんなことを、出会って間もない頃に、思わず聞いてしまった。
「あの、紫式部さん? なぜ外へ出てきたのです?」
「そなたが箱を開けたからじゃ」
「いやいやいやいや……これまでにも、箱を開けた子孫はいたでしょう?」
すまし顔で答える平安美女に、僕は軽くツッコミを入れた。
「まぁ、そうじゃな」
「では、なぜ?」
平安美女は僕の顔をじっくりと見た後、扇子で顔を隠すと少しばかり声のトーンを落とした。
「そなたから、紙と墨のような匂いがしたのじゃ」
「紙? ……墨?」
「そうじゃ。久しい香りじゃったので、ついな……」
紙とか墨の匂いってなんだ。習字のことか? 僕は子供のころに嗅いた墨汁の臭いを思い出した。思わず、自分の体の臭いを嗅いでしまう。特に変な臭いはしなかった。
「あの、習字とかは特にやっていないのですが……?」
「そうではない。そなたは物書きであろう?」
「物書き?? あぁ、はい。一応作家です」
「そなたからは、物書きが使っている紙や墨の香りがするのじゃ」
そう言いながら、師匠は僕の臭いを嗅ぐように、扇子を軽く仰ぐ。確かに仕事柄、紙やインクには馴染みがある。それでも、今はパソコンでの執筆がほとんどなので、紙やインクを触るのは、原稿を印刷した時くらいのものだが、他の人よりはそれらに触れる機会は多いのかもしれない。
「つまり、印刷の臭いがお好きということでしょうか?」
「そうではない。……つまり、……」
「??」
師匠は常に口元を隠していた扇子を下すと、あろうことか大声で叫んだ。師匠が実体化した理由、それはとても単純なものだった。
「私も、物語が書きたいのじゃ!!!!」
「はい?」
「なんとかしてくれ、宣孝」
「いやいやいやいや……」
「そうじゃ、私はしばらくそなたのそばにおるでの。物書きの先達として、これからは、私のことは師匠と呼ぶが良いぞ」
「はい~~~~?」
「宣孝~、早う私に物語を書かせるのじゃ」
「そなたは、そのパソコンとやらで物語を書いておるのか? これは奇怪な」
「紙と墨はどこじゃ? 物書きの手元に道具が揃っていないとは、なんと嘆かわしいことぞ」
師匠は、自分の欲望のために僕に付きまとうようになった。あまりにも煩いので、師匠にパソコンを貸してみた。結果は、平安美女に使いこなせるはずもなかったが、わかったこともあった。師匠は、実体化している間であれば、物に触れるのだ。
それならばと、師匠に紙とペンを渡してみた。しかし、どうやらお気に召さなかったようで、すぐに、和紙と墨、つまり習字道具を用意させられた。そうまでして臨んだ『源氏物語』以来となるであろう紫式部の作品は、作家歴2年の僕によって、即ボツ判定が下された。
「どうじゃ宣孝。まだ、出だしだけじゃが、読みたくなるであろう?」
「……」
「傑作すぎて、言葉もないか。ふふふ」
「あの、師匠……ダメ……かもしれません」
「なぜじゃ?」
「……これは、いったい何と書いてあるのですか?」
「!! そなた、まさか……読めぬの……か?」
師匠が自信満々に見せたそれは、達筆すぎた。いや、言い換えよう。あんなミミズの這ったような文字、読めるはずがない。古文書の研究者ならばいざ知らず、一介の無名作家に読めるわけがない。
読者が読めない物語とは、即ち世の中に存在していないことと同義である。
「師匠? 大丈夫ですか?」
「せっかく物語を書いても読んでもらえないとは……このようなつらい思いをするために、私はこの世に出てきたわけではないぞ」
「お気持ちわかります。僕もいつも担当編集者のボツに泣かされていますから。ですから師匠、僕に手伝わせてください!」
「どうするのじゃ?」
「口述筆記をしましょう」
「口述筆記とな?」
「はい! 僕、この物語、読んでみたいんです」
そして僕は、平安美女の口から紡がれる物語を文字に書き起こしていった。師匠の語る物語は、甘く切ないラブストーリーだった。語りの途中、平安文化や常識が垣間見えるたび、僕は師匠に解説を細かく頼んだ。そして、僕なりに現代風にアレンジを加えながら書き上げたのは、師匠が習字道具を手放してから一週間後のことだった。
書き上げたというより、長編小説を読了した後のような夢想感に囚われていた僕に向かって、師匠はもう一編書きたいと言い出した。自分の紡いだ物語が読み手に届くことが余程嬉しかったのだろうか。
翌日から、僕と師匠は新たな作品に取り掛かった。またしてもジャンルはラブストーリーだった。どうやら師匠は恋愛モノがお好きなようだ。二作目ともなれば僕たちの共同作業も順調だった。こちらは、たった五日で完成をみた。
書き終わると、師匠はさらに次の作品に取り掛かりたいと言った。しかし、僕は、しばしの休息が欲しかった。連日のように師匠の口述筆記に付き合っていたため、自分の小説と向き合う時間が取れていなかったのだか、二作を書き上げたこの時ならば先へ進める様な気がしていた。
師匠にしばしの休息をもらい、いざ自分の作品と向き合うぞという時、パソコンがメールを受信した。担当編集者からだった。そのメールを何気なく開いた僕は、呆然とした。
「どうしたのじゃ、宣孝?」
「……出版社が、今週中に原稿を上げなければ、僕を切るって……」
これは、流石にまずい状況だ。しかし、僕史上最大の焦りも何のその。師匠は、本当にどうでも良さそうに言い放った。
「なんじゃ。そんなことか」
「そんなこと!? 僕の人生を左右する大問題なんですよ」
「原稿を出せば良いのじゃろ? 原稿ならば、そこにあるではないか。二つも」
「!!」
師匠の扇子が示した先には、口述筆記で書き上げた二つの紙の束があった。
「でも、これは師匠の……」
「構わぬ。そなたが手伝ってくれたからこそ、それは、今ここにあるのじゃ」
「そうかもしれないけど……」
「ぐだぐだと言ってないで、早う出すのじゃ。良いな!!」
原稿を二つとも提出し、これでしばらくは大丈夫だろうと、師匠と二人、胸を撫で下ろしていると、数日後、担当編集から電話があった。あまりにも早い対応だったので、やはりダメなのかと諦めムードで電話に出ると、電話の相手は物凄く興奮していた。
担当の話を要約すると、「どちらも今までになく良い。もう書き上がっているのだから、二作品ともすぐにでも本にしたい」という。
喜ぶべき称賛だったが、僕は冷静だった。内容が良いことは分かっている。世に出すべきだということも分かっている。しかし、僕の作品ではないのだ。僕は返事を保留にした。
「師匠、正直に言いましょうよ。これは紫式部の作品だって」
「名を記さねばならぬのなら、そなたの名を出しておけ。良い名なのじゃから」
「いや、だって僕はアシスタントをしただけですよ」
「そもそも、私の名を出したところで、信じる者などおるまい」
「まぁ、そうなんですけど……」
結局は、僕名義で本を出すことを決断した。すると、驚くべきことに、「もう一作出しませんか? 一年で三冊。四ヶ月毎の刊行とかどうでしょう? 話題になると思うんですよ」などと吹っかけられた。
その話に乗り気になった師匠を止める力など僕にはない。
父に頼み込んで、師匠の憑代である紫水晶ドームを譲り受けると、僕は、水晶とパソコンだけを持って、1LDKへ簡単に引越しを済ませた。
そして、僕たちは、執筆の日々に明け暮れた。一作仕上げる毎に師匠はドームに籠る様になったので、その間に僕は自分の作品を書き進めた。師匠が出てきたら、新たな作品を仕上げる。そうして、僕たちはストックを増やしていった。
僕たちの本は三作の連続刊行を終え、出版業界を大いに賑わせていた。今は三作目の『この愛の果てに』が重版に次ぐ重版となっている。
しかし、本が売れるほど、僕には焦りが生まれた。僕の実力ではないのに、自分の名前だけが一人歩きを始めた。実際の僕はその速さに追いつけないでいるのに。
「師匠~。戻りましたよ~。出てきて下さいよ~」
僕は入口のすぐ横に置いてある、卓上の紫水晶ドームを一撫でして、紫水晶の窪みを覗き込んだ。程なくすると、空洞内のアメジストに、いくつかの小さな煌きが浮かび、部屋には白檀の香りが漂い始める。
「なんじゃ宣孝。私は、つい今しがた眠りについたところなのじゃぞ」
「すみません。起こしてしまって。」
「して、なんじゃ?」
「今、書店を覗いてきたんですが、『この愛の果てに』の売れ行き、好調みたいですよ」
「はて、なんじゃったかな? それは?」
「冗談はやめて下さいよ〜。主人公が多くの女性と関係を持って、やがて真実の愛に気付くって言うストーリーのやつですよ」
「あぁ、あれか。そなたの解釈が良かったのじゃろう」
師匠は、作品に対する評価をあまりに気にしていない様だ。それどころか何処か上の空で、今すぐにでも眠りにつきたいというオーラを醸し出している。
「どうしたんです? 寝不足ですか? 師匠」
「馬鹿を申すな。私はこの世の者ではないのじゃぞ。寝不足などになるか」
「ですが、とてもお疲れの様に見えますよ」
「うむ。……近頃、この実体を保つのに少々苦労しておるのじゃ」
「何か理由が?」
「……」
黙ったまま俯き、扇子で顔を隠してしまった師匠に僕は声をかける。
「これまで頑張りすぎたのかもしれませんね。しばらくは僕ががんばりますから、師匠はゆっくり休んでください」
俯いて言葉を聞いていた師匠は、顔をあげると、力強く真剣な眼差しをこちらへ向けた。しかし、僕を呼ぶ声は、それとは逆に、今にも消え入りそうな程に弱く小さい。
「……宣孝よ」
「はい?」
「そなたならば大丈夫じゃ。自信を持て」
その時、師匠の声を消す様に、ポケットに入れていたスマホが騒がしく着信を知らせた。相手は、担当編集者だった。何事だろうと電話に出る。
「はい?」
「宣孝さん! やりましたよ。大賞です! 売りたい!賞、取りましたよ!」
「!!」
そんな興奮した声に紛れて、ピシっと何かが軋む音が聞こえた気がした。しかし、意識がそちらへ向くより先に、担当の声が僕の耳を占領する。目の前の師匠は、憑代へ戻るためか、白檀の香りとともに実体化が薄くなり始めていた。
「先程、運営から連絡を頂きました。これで名実ともにベストセラー作家ですね。これから、ますます忙しくなりますよ!」
「えっ……ちょっと……」
自分の言いたいことだけを言うと、担当は電話を切ってしまった。
「師匠〜、ゆっくりできないかも……っ!!」
僕は泣き言を口にしつつ、紫水晶ドームを覗き込んで息を飲んだ。ドーム中央に大きな亀裂が入っていたのだ。そればかりか、夜空の星の様に瞬いていた、いくつもの小さな煌きも全て消え失せて、まるで漆黒の闇を湛えているかの様だった。
「師匠!! 出てきてください、師匠!!」
僕がいくらドームを撫でようとも、室内に変化はない。残された白檀の薄い香りだけが鼻を擽る。途端に師匠の言葉が脳裏を過る。
“大丈夫じゃ、自信を持て”
師匠は、こうなる事が分かっていたのだ。最後に僕を見たあの強い眼差しを思い出すと、そう思えてならなかった。
その眼差しに背中を押されるように僕は、亀裂の入った紫水晶を、それまでの定位置からパソコンの横へと移動させた。
僕は、パソコン前の椅子に座ると目を閉じて、部屋に残る白檀の香りを大きく吸い込む。ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着けると、パソコンに向き直った。
「さぁ、今日も始めますよ。師匠!」
僕は、一人静かにパソコンのキーボードを叩き始めた。
完
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『うちに紫式部がいます』、完結しました☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
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さてさて明日からは、『スーパーマンの一日』が連載開始!
スーパーマンの一日を描いた作品です。
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