「何故こうなったの……」
オンラインの全社会議を終えて思わず呟く。
いつもなら四月一日に行われる全社会議。それが緊急で、三月も真ん中を過ぎた段階で開催されると言うことで、ちょっと嫌な予感はしていた。
なんというか──虫の知らせというやつだ。
とりあえず、何か飲んで落ち着こうと部屋を出る。朝作った珈琲をコーヒーメーカーから注ぎ、まだ少し温かいのを確認し砂糖をたっぷりといれた。甘いものを摂取しないと落ち着かない。そんな気分だったからだ。それに牛乳をたっぷりと入れた。
「どうしたん」
炬燵でミヤと戯れていた春香が、そんな私に声をかけてくる。気分転換ついでに、と珈琲を手に隣に座った。炬燵の中にいたリリが出てきて私の膝に座る。にゃぁ、と顔を出したので、撫でてやれば満足そうに目を細めた。
「さっきまで確か、ウェブミーティングかなんかやったろ?」
「そうなの。全社会議でね……。うちの会社、M&Aされたんだってさ」
「へ? それはまた……なんやドラマみたいな話やな」
まさにドラマみたいな話だ。M&Aなんて単語、テレビでしか聞いたことがなかったのだから。
「どんな会社にM&Aされたん」
炬燵テーブルの上に置かれたソフトクッキーを食べながら、春香が尋ねる。
「東証プライムのなんかでっかい会社。ま、同業他社だったんだけど、うちの方が老舗よ。でも、向こうはいろんな会社M&Aで買いまくっておっきくなったの。あっという間の来月からですってよ」
「上場企業にくっつくんやったら、待遇良くなるんやない? ラッキーやん」
そう。私も最初はそう思ったのだ。だが──。
「生理休暇の廃止、iDeCoの廃止、業務時間の延長、裁量制の廃止、午前中のフレックス廃止、週に三日の出社、会社がうちから一本で行けた新橋から、参宮橋になって、給与制度の改定──うちの会社の方が給料が良いらしくて下がるみたい」
「はぁ?」
春香の言葉に、私も大きなため息を吐く。
「大きい会社で働きたいわけじゃないんだよねぇ。中小企業でいいから、ちょうど良いリラックスした社風と、穏やかな人間関係、ある程度のやりやすさの中で仕事がしたい。まぁ、新しくなる母体がそうじゃないとは限らないけど……口コミで見たその会社、めっちゃ評判悪くて……」
「あぁ……」
思わずうなだれてしまう。春香の視線が、哀れみのものに変わった。
「とりあえず、新しい給与の提示は来週らしいので、それを見て……あと新しい会社始まったら様子見て……フルリモートじゃなくなるの、きっついなぁ」
それでも、今から転職するには年齢があがりすぎている。それに、ようやく得た正社員の仕事だ。手放すのは惜しい。でも。
「私はさ、正社員になれんかったから、漫画の道で個人事業主になったやんな。それやから、上手く言えへんけど」
小さく首を傾げながら、春香は私をじっと見る。
「縁があるところと、働けたらええね」
この先をどうしていくかはともかく、春香のその言葉は、ハンマーで頭を殴られたような全社会議のあとの心を、ゆっくりと包み込んでくれた。
「ありがと。まずは今日の仕事終わらせるわ」
「灯」
「ん?」
「やる気でないなら、午後休しな」
ミヤを撫でながら。
なんてことのないように言うから。
少し、泣きそうになった。
「そうするわ」
迷うことなく、返事をした。
オンラインの全社会議を終えて思わず呟く。
いつもなら四月一日に行われる全社会議。それが緊急で、三月も真ん中を過ぎた段階で開催されると言うことで、ちょっと嫌な予感はしていた。
なんというか──虫の知らせというやつだ。
とりあえず、何か飲んで落ち着こうと部屋を出る。朝作った珈琲をコーヒーメーカーから注ぎ、まだ少し温かいのを確認し砂糖をたっぷりといれた。甘いものを摂取しないと落ち着かない。そんな気分だったからだ。それに牛乳をたっぷりと入れた。
「どうしたん」
炬燵でミヤと戯れていた春香が、そんな私に声をかけてくる。気分転換ついでに、と珈琲を手に隣に座った。炬燵の中にいたリリが出てきて私の膝に座る。にゃぁ、と顔を出したので、撫でてやれば満足そうに目を細めた。
「さっきまで確か、ウェブミーティングかなんかやったろ?」
「そうなの。全社会議でね……。うちの会社、M&Aされたんだってさ」
「へ? それはまた……なんやドラマみたいな話やな」
まさにドラマみたいな話だ。M&Aなんて単語、テレビでしか聞いたことがなかったのだから。
「どんな会社にM&Aされたん」
炬燵テーブルの上に置かれたソフトクッキーを食べながら、春香が尋ねる。
「東証プライムのなんかでっかい会社。ま、同業他社だったんだけど、うちの方が老舗よ。でも、向こうはいろんな会社M&Aで買いまくっておっきくなったの。あっという間の来月からですってよ」
「上場企業にくっつくんやったら、待遇良くなるんやない? ラッキーやん」
そう。私も最初はそう思ったのだ。だが──。
「生理休暇の廃止、iDeCoの廃止、業務時間の延長、裁量制の廃止、午前中のフレックス廃止、週に三日の出社、会社がうちから一本で行けた新橋から、参宮橋になって、給与制度の改定──うちの会社の方が給料が良いらしくて下がるみたい」
「はぁ?」
春香の言葉に、私も大きなため息を吐く。
「大きい会社で働きたいわけじゃないんだよねぇ。中小企業でいいから、ちょうど良いリラックスした社風と、穏やかな人間関係、ある程度のやりやすさの中で仕事がしたい。まぁ、新しくなる母体がそうじゃないとは限らないけど……口コミで見たその会社、めっちゃ評判悪くて……」
「あぁ……」
思わずうなだれてしまう。春香の視線が、哀れみのものに変わった。
「とりあえず、新しい給与の提示は来週らしいので、それを見て……あと新しい会社始まったら様子見て……フルリモートじゃなくなるの、きっついなぁ」
それでも、今から転職するには年齢があがりすぎている。それに、ようやく得た正社員の仕事だ。手放すのは惜しい。でも。
「私はさ、正社員になれんかったから、漫画の道で個人事業主になったやんな。それやから、上手く言えへんけど」
小さく首を傾げながら、春香は私をじっと見る。
「縁があるところと、働けたらええね」
この先をどうしていくかはともかく、春香のその言葉は、ハンマーで頭を殴られたような全社会議のあとの心を、ゆっくりと包み込んでくれた。
「ありがと。まずは今日の仕事終わらせるわ」
「灯」
「ん?」
「やる気でないなら、午後休しな」
ミヤを撫でながら。
なんてことのないように言うから。
少し、泣きそうになった。
「そうするわ」
迷うことなく、返事をした。