鶏肉を一口大に切って、調味料を揉み込む。ビニールに入れてやると、手が汚れなくて良い。
「二人ははあと一時間くらいで来るかな」
「さっき有里さんからラインが入ったけど、予定より早く着くって」
「それは何より。寒いからねえ。遅くなると余計に冷える」
クリスマスの今日、東京大田区の天気はあいにくの雨。随分と寒い。
部屋はもちろん、しっかりと暖房を入れているので暖かいけれど、仕事終了後の夜。雨の中やってくる二人には辛いだろう。
有里氏ともう一人、ハツセを呼んで、毎年恒例のクリスマス会だ。
揉み込んだ鶏肉を放置し、今度はサラダを作る。春香は部屋の飾り付けの担当。
サラダの野菜をちぎり皿に盛る。ドレッシングは、SNSで流れてきたレシピで作成。味見をしたらなかなか良い味だった。
春香の様子を見れば、折り紙を切って輪を作った飾りを、壁に貼っていた。おゆうぎ会などで大活躍のアレだ。なかなかに懐かしい。私はああいう、細かい作業は苦手なので、春香が得意で助かる。
「なかなかええやないか。なぁ、リリとミヤもそう思うやろ?」
ご機嫌な声が聞こえてきたけれど、二匹の返事は聞こえない。寝ているらしい。
「そうそう、これも必要やね」
サラダを盛り付けた皿をテーブルに持って行くと、ダイソーで購入したLEDのろうそくが飾られていた。炬燵テーブルも、一気に洋風の香りが出てくる。
「結構良い感じじゃん」
「そうやろ」
キッチンに戻り、揉み込んだ鶏肉を片栗粉と小麦粉と胡椒を混ぜたものでまぶして油で揚げる。からりと揚がったそれに、にんまりとしてしまう。
マーマレードに赤ワインやらを混ぜて煮立てコーンスターチを加える。とろりとしたところで、スマホが鳴った。
「誰だろ」
慌てて火を止めて出る。
「はい、明田です。──はい、はい。え! はい! ありがとうございます!」
「灯? もしかして?」
「春香ぁ!」
通話を終えた瞬間。春香の声と私の声が重なった。
*
玄関ベルが鳴る。
「はいはーい」
ご機嫌で扉を開ければ、鼻の頭を赤くした有里氏とハツセが肩を濡らして登場した。「はい」とハツセがケーキの箱を私に渡す。
「ありがとう。頂戴します」
「ようこそ。寒かったやろう。早く中に入るとええ。今ココアをやるから」
二人が手洗いをしている間に、ココアと砂糖を鍋に入れ少しだけ湯を加えてよく練る。牛乳を追加して最後に絞っておいた生姜汁を入れて完成。春香の手早さに感心する。二人の手土産のケーキは、冷蔵庫のあけておいたスペースに。
「はい、これ」
春香から受け取り、私も一緒に飲む。
「ありがとう。今日は寒いねぇ」
「外、やっばいですよ。雪になるかもって、ニュースでやってます」
二人はそれぞれココアを飲むと、長い息を吐いた。
「それは気になるね。ニュースつけよっか」
ちょうど、中継をやっているところだった。八王子の方はもう降っているらしい。
「こっちは割と暖かいから、雨のままかもしれへんけど」
窓の方を見る。外は暗くて様子はよくわからない。ただ、雨が降っているのだけはわかる。
「まぁもしも、帰りの電車あかんくなったら、泊まっていけばええよ」
「そうそう。夜通し見るものは、たくさんあるしね」
そう言って春香に目線を送れば、「今から出しておこうか?」なんて言い出す。
「それはフラグになるから」
「いや、むしろ単純に泊まりたいな」
「有里さんの言う通り! 私も泊まりたいなぁ」
単に宝塚のDVDが見たいだけだな?
「お酒もあるし、泊まってっても良いんじゃないかな。ねぇ春香」
「うん。そうしよ」
あっさり決まってしまった。
「あぁ、このココア生姜入ってます?」
「ほんとだ。どうりで体がポカポカするわけだ。ありがと、春ちゃん」
照れたのか、春香はそそくさとキッチンに向かう。私も二人に猫を渡して、春香の後を追った。
盛り付けたチキンに、ソースをかける。それをテーブルに運ぶ。春香は冷えたシャンパンを冷蔵庫から取り出した。
「有里さん、シャンパンの蓋開けるの得意って言うてたよね」
「シャンパン! 豪勢だね。うん、任せて!」
「クリスマスはシャンパンやろ? 知らんけど」
トトトと良い音を立てて、シャンパンが注がれていく。
全員が炬燵に入る。テレビは消して、動画サイトのクリスマスに関するクラシックをかけた。くるみ割り人形が流れている。
「乾杯の前に、一言ええかな」
皆がグラスを持つ手を手前に引き寄せる。春香の目が、私を急かす。一つ頷き、口を開いた。
「転職先、決まりました!」
くるみ割り人形の『花のワルツ』がちょうど山場を迎える。
二人の目が見開き、一気に手が上に上がった。
「おめでとう!」
「はやく乾杯って言ってくださいよ!」
「灯!」
三人の声に嬉しくなり、思わず立ち上がる。
「では、僭越ながらっ! メリークリスマス!」
カシン、と四つ分のグラスが鳴る音がした。
「オレンジソースだなんておしゃれですね」
「灯氏、これもしかして」
「そ。これ有里氏もやってるソシャゲで、クリスマスイベント走り終えると貰えるレシピなんだよね」
知らなかったらしい春香が、私を二度見した。口元の鶏肉、早く中に入れてあげて。
シャンパンがなくなったので、赤ワインに変える。四人いると一瓶なんてあっという間だ。
肉が減ってきたのでお皿を小さめに変えて、さらに他の料理を持ってくることにする。一気に出すと乗り切らない。
「じゃじゃーん。続いては、アクアパッツァ風の煮込みと、肉じゃが灯スペシャル」
コースではないので、出す順番なんて適当だ。
「今年、灯スペシャルないなあって思ってたのよね。やっぱり灯氏の肉じゃががないと」
私の肉じゃがは、ジャガイモがマッシュポテトなのだ。煮込んだにんじんタマネギを真ん中に積み上げ、その周りをマッシュポテトで覆う。肉は、私は東京出身なので豚肉だ。──同居当初、これも春香と東西の違いでびっくりしたけど、東では肉と言えば豚肉が多い。西では牛。東京ではカレーは豚肉だから、牛肉のカレーをわざわざビーフカレーと呼ぶのだ。西では逆に豚肉のカレーをポークカレーという。まぁ、実家は鶏肉大好きなので、チキンカレーがデフォルトだったけど。
閑話休題。
豚肉をマッシュポテトの外側に貼り付けていく。クリスマスに作るときには、マッシュポテトを三角に重ねていくので、ちょっとツリーっぽくなるように豚肉と豚肉の間に茹でたインゲンを挟んでいるのだ。かわいい。一番上にはベツレヘムの星として八芒星の形に切ったにんじんを乗せている。
「今年はこの星は、灯氏だね。作った人に言うのもアレだけど」
「ですねぇ。転職活動に終止符を打ったんですし」
「そうやな」
実はこのベツレヘムの星のにんじんは、毎年その日のハッピーメンバーが誰かを皆で話し合い、一番ハッピーとなった人が食べられることになっている。
「しかも、実は皆が来る少し前に、電話がかかってきて決まったんだよね」
さっきの電話は、一昨日面接に行った先の人事からの電話だった。
「ささっ、どうぞどうぞ」
有里氏が、手をにんじんの方に向ける。ありがたく、いただくことにした。
「ではっ!」
にんじんを箸で少し引っ張れば、てっぺんに固定していた爪楊枝ごと引き抜ける。
「うん、美味しい」
我ながら、良い味付けだ。拍手が起きた。
「決まって良かったですねぇ」
「ほんと。ずっと悩んでたみたいだから」
二人には、私が会社に行けなくなったことは言っていない。でも、その前から仕事を変えたいとは話してたので、心配してくれていたのだろう。
その気持ちが嬉しい。
「全然決まらなかったんだけどね。月収、年収が下がっても、リモートワークか近所で働けて、労働時間が短くて、休日出勤のない仕事を優先したんだ」
「何それ最高じゃないですか」
「わかるわぁ。収入が下がって、結局大変さが変わらないなら嫌だけど、自分の時間持てるなら、収入が下がっても悪くない選択だと思う」
「時間の余裕は、心の余裕やと思う」
新しい仕事は年明けから。今までより月収は5万下がったけれど、その会社の理念にも共感できたし、なによりリモートワークなのだ。会社自体も川崎なので、電車で言えば隣の駅だ。会社も大きくないし、社員への福利厚生が良い。つまり、社員のことを大切にしているということだ。
前の会社もM&Aされる前までは、そうだったんだけどね。大きな会社に飲み込まれると、社員一人一人はただの部品にしか見えないのだろう。最初からそういう会社と思って入社しているなら別に良いけれど、そうじゃなかった私には、しんどかった。それだけの話だ。
「ん! このアクアパッツァ風の煮込み美味しいです」
「それね。鯖の水煮缶使ってるんだよ」
「何それ! 作り方知りたい!」
有里氏もノリノリだ。
他愛のない会話。今度はどこかに四人で旅行にでも行こうか、なんて話。
ハツセの過去のお見合い話や有里氏の新しい上司の話。春香が今迷っている設定の話に、今私がハマっている作品の話が出たかと思えば、ハツセは推しのアクリルスタンドを見せてくる。
三本目のワインは白。四本目はロゼだ。そうしてワインがなくなると、チューハイが登場した。
「そろそろケーキいく?」
二人が買ってきてくれたのは、ブッシュドノエル。色艶の良いチョコレートがコーティングされている。
「ワオ! 美味しそうやなぁ」
ろうそくを立てて火を付けた。せっかくなので、部屋の電気を消すことに。
「あ、春香。リリとミヤを抱いておいて」
暗闇の中浮かび上がるLEDのろうそくと、ケーキのろうそくの炎に、興奮しかねない。
「ええで」
二匹を抱えたのを見て、部屋の電気を消す。流れる音楽はタイミング良く、ジョン・レノンのクリスマスソングの名曲だ。ろうそくの炎に似合うじゃないか。
「待って。電気消して、ろうそくの炎消すのって、クリスマスじゃなくて」
「そうですねぇ。誕生日だわ」
言われて気付いた。
「でもまぁ、ええんやないかな」
「そうそう。皆で願いを思い浮かべながら、いっせーのせ、で火を消そうよ」
「春ちゃんと灯氏がそう言うなら、まあ良いか」
「家主サマですしねぇ」
雑だな。
急いで席に着く。お互いを見遣りながら、頷き合った。
「では、せーので消すことに」
有里氏の音頭で進む。
「せーの」
部屋が一気に暗くなった。
「メリー・クリスマス!」
春香が声を上げた。私を含め三人がそれに続く。
電気をつけ、ワインを飲み干し笑いあった。
窓の外を見る。春香もそれに倣ったのか、一緒に外を見た。
「雨は夜更け過ぎに、雪に変わりそうやな」
──どこかで聞いたフレーズだ。
「二人ははあと一時間くらいで来るかな」
「さっき有里さんからラインが入ったけど、予定より早く着くって」
「それは何より。寒いからねえ。遅くなると余計に冷える」
クリスマスの今日、東京大田区の天気はあいにくの雨。随分と寒い。
部屋はもちろん、しっかりと暖房を入れているので暖かいけれど、仕事終了後の夜。雨の中やってくる二人には辛いだろう。
有里氏ともう一人、ハツセを呼んで、毎年恒例のクリスマス会だ。
揉み込んだ鶏肉を放置し、今度はサラダを作る。春香は部屋の飾り付けの担当。
サラダの野菜をちぎり皿に盛る。ドレッシングは、SNSで流れてきたレシピで作成。味見をしたらなかなか良い味だった。
春香の様子を見れば、折り紙を切って輪を作った飾りを、壁に貼っていた。おゆうぎ会などで大活躍のアレだ。なかなかに懐かしい。私はああいう、細かい作業は苦手なので、春香が得意で助かる。
「なかなかええやないか。なぁ、リリとミヤもそう思うやろ?」
ご機嫌な声が聞こえてきたけれど、二匹の返事は聞こえない。寝ているらしい。
「そうそう、これも必要やね」
サラダを盛り付けた皿をテーブルに持って行くと、ダイソーで購入したLEDのろうそくが飾られていた。炬燵テーブルも、一気に洋風の香りが出てくる。
「結構良い感じじゃん」
「そうやろ」
キッチンに戻り、揉み込んだ鶏肉を片栗粉と小麦粉と胡椒を混ぜたものでまぶして油で揚げる。からりと揚がったそれに、にんまりとしてしまう。
マーマレードに赤ワインやらを混ぜて煮立てコーンスターチを加える。とろりとしたところで、スマホが鳴った。
「誰だろ」
慌てて火を止めて出る。
「はい、明田です。──はい、はい。え! はい! ありがとうございます!」
「灯? もしかして?」
「春香ぁ!」
通話を終えた瞬間。春香の声と私の声が重なった。
*
玄関ベルが鳴る。
「はいはーい」
ご機嫌で扉を開ければ、鼻の頭を赤くした有里氏とハツセが肩を濡らして登場した。「はい」とハツセがケーキの箱を私に渡す。
「ありがとう。頂戴します」
「ようこそ。寒かったやろう。早く中に入るとええ。今ココアをやるから」
二人が手洗いをしている間に、ココアと砂糖を鍋に入れ少しだけ湯を加えてよく練る。牛乳を追加して最後に絞っておいた生姜汁を入れて完成。春香の手早さに感心する。二人の手土産のケーキは、冷蔵庫のあけておいたスペースに。
「はい、これ」
春香から受け取り、私も一緒に飲む。
「ありがとう。今日は寒いねぇ」
「外、やっばいですよ。雪になるかもって、ニュースでやってます」
二人はそれぞれココアを飲むと、長い息を吐いた。
「それは気になるね。ニュースつけよっか」
ちょうど、中継をやっているところだった。八王子の方はもう降っているらしい。
「こっちは割と暖かいから、雨のままかもしれへんけど」
窓の方を見る。外は暗くて様子はよくわからない。ただ、雨が降っているのだけはわかる。
「まぁもしも、帰りの電車あかんくなったら、泊まっていけばええよ」
「そうそう。夜通し見るものは、たくさんあるしね」
そう言って春香に目線を送れば、「今から出しておこうか?」なんて言い出す。
「それはフラグになるから」
「いや、むしろ単純に泊まりたいな」
「有里さんの言う通り! 私も泊まりたいなぁ」
単に宝塚のDVDが見たいだけだな?
「お酒もあるし、泊まってっても良いんじゃないかな。ねぇ春香」
「うん。そうしよ」
あっさり決まってしまった。
「あぁ、このココア生姜入ってます?」
「ほんとだ。どうりで体がポカポカするわけだ。ありがと、春ちゃん」
照れたのか、春香はそそくさとキッチンに向かう。私も二人に猫を渡して、春香の後を追った。
盛り付けたチキンに、ソースをかける。それをテーブルに運ぶ。春香は冷えたシャンパンを冷蔵庫から取り出した。
「有里さん、シャンパンの蓋開けるの得意って言うてたよね」
「シャンパン! 豪勢だね。うん、任せて!」
「クリスマスはシャンパンやろ? 知らんけど」
トトトと良い音を立てて、シャンパンが注がれていく。
全員が炬燵に入る。テレビは消して、動画サイトのクリスマスに関するクラシックをかけた。くるみ割り人形が流れている。
「乾杯の前に、一言ええかな」
皆がグラスを持つ手を手前に引き寄せる。春香の目が、私を急かす。一つ頷き、口を開いた。
「転職先、決まりました!」
くるみ割り人形の『花のワルツ』がちょうど山場を迎える。
二人の目が見開き、一気に手が上に上がった。
「おめでとう!」
「はやく乾杯って言ってくださいよ!」
「灯!」
三人の声に嬉しくなり、思わず立ち上がる。
「では、僭越ながらっ! メリークリスマス!」
カシン、と四つ分のグラスが鳴る音がした。
「オレンジソースだなんておしゃれですね」
「灯氏、これもしかして」
「そ。これ有里氏もやってるソシャゲで、クリスマスイベント走り終えると貰えるレシピなんだよね」
知らなかったらしい春香が、私を二度見した。口元の鶏肉、早く中に入れてあげて。
シャンパンがなくなったので、赤ワインに変える。四人いると一瓶なんてあっという間だ。
肉が減ってきたのでお皿を小さめに変えて、さらに他の料理を持ってくることにする。一気に出すと乗り切らない。
「じゃじゃーん。続いては、アクアパッツァ風の煮込みと、肉じゃが灯スペシャル」
コースではないので、出す順番なんて適当だ。
「今年、灯スペシャルないなあって思ってたのよね。やっぱり灯氏の肉じゃががないと」
私の肉じゃがは、ジャガイモがマッシュポテトなのだ。煮込んだにんじんタマネギを真ん中に積み上げ、その周りをマッシュポテトで覆う。肉は、私は東京出身なので豚肉だ。──同居当初、これも春香と東西の違いでびっくりしたけど、東では肉と言えば豚肉が多い。西では牛。東京ではカレーは豚肉だから、牛肉のカレーをわざわざビーフカレーと呼ぶのだ。西では逆に豚肉のカレーをポークカレーという。まぁ、実家は鶏肉大好きなので、チキンカレーがデフォルトだったけど。
閑話休題。
豚肉をマッシュポテトの外側に貼り付けていく。クリスマスに作るときには、マッシュポテトを三角に重ねていくので、ちょっとツリーっぽくなるように豚肉と豚肉の間に茹でたインゲンを挟んでいるのだ。かわいい。一番上にはベツレヘムの星として八芒星の形に切ったにんじんを乗せている。
「今年はこの星は、灯氏だね。作った人に言うのもアレだけど」
「ですねぇ。転職活動に終止符を打ったんですし」
「そうやな」
実はこのベツレヘムの星のにんじんは、毎年その日のハッピーメンバーが誰かを皆で話し合い、一番ハッピーとなった人が食べられることになっている。
「しかも、実は皆が来る少し前に、電話がかかってきて決まったんだよね」
さっきの電話は、一昨日面接に行った先の人事からの電話だった。
「ささっ、どうぞどうぞ」
有里氏が、手をにんじんの方に向ける。ありがたく、いただくことにした。
「ではっ!」
にんじんを箸で少し引っ張れば、てっぺんに固定していた爪楊枝ごと引き抜ける。
「うん、美味しい」
我ながら、良い味付けだ。拍手が起きた。
「決まって良かったですねぇ」
「ほんと。ずっと悩んでたみたいだから」
二人には、私が会社に行けなくなったことは言っていない。でも、その前から仕事を変えたいとは話してたので、心配してくれていたのだろう。
その気持ちが嬉しい。
「全然決まらなかったんだけどね。月収、年収が下がっても、リモートワークか近所で働けて、労働時間が短くて、休日出勤のない仕事を優先したんだ」
「何それ最高じゃないですか」
「わかるわぁ。収入が下がって、結局大変さが変わらないなら嫌だけど、自分の時間持てるなら、収入が下がっても悪くない選択だと思う」
「時間の余裕は、心の余裕やと思う」
新しい仕事は年明けから。今までより月収は5万下がったけれど、その会社の理念にも共感できたし、なによりリモートワークなのだ。会社自体も川崎なので、電車で言えば隣の駅だ。会社も大きくないし、社員への福利厚生が良い。つまり、社員のことを大切にしているということだ。
前の会社もM&Aされる前までは、そうだったんだけどね。大きな会社に飲み込まれると、社員一人一人はただの部品にしか見えないのだろう。最初からそういう会社と思って入社しているなら別に良いけれど、そうじゃなかった私には、しんどかった。それだけの話だ。
「ん! このアクアパッツァ風の煮込み美味しいです」
「それね。鯖の水煮缶使ってるんだよ」
「何それ! 作り方知りたい!」
有里氏もノリノリだ。
他愛のない会話。今度はどこかに四人で旅行にでも行こうか、なんて話。
ハツセの過去のお見合い話や有里氏の新しい上司の話。春香が今迷っている設定の話に、今私がハマっている作品の話が出たかと思えば、ハツセは推しのアクリルスタンドを見せてくる。
三本目のワインは白。四本目はロゼだ。そうしてワインがなくなると、チューハイが登場した。
「そろそろケーキいく?」
二人が買ってきてくれたのは、ブッシュドノエル。色艶の良いチョコレートがコーティングされている。
「ワオ! 美味しそうやなぁ」
ろうそくを立てて火を付けた。せっかくなので、部屋の電気を消すことに。
「あ、春香。リリとミヤを抱いておいて」
暗闇の中浮かび上がるLEDのろうそくと、ケーキのろうそくの炎に、興奮しかねない。
「ええで」
二匹を抱えたのを見て、部屋の電気を消す。流れる音楽はタイミング良く、ジョン・レノンのクリスマスソングの名曲だ。ろうそくの炎に似合うじゃないか。
「待って。電気消して、ろうそくの炎消すのって、クリスマスじゃなくて」
「そうですねぇ。誕生日だわ」
言われて気付いた。
「でもまぁ、ええんやないかな」
「そうそう。皆で願いを思い浮かべながら、いっせーのせ、で火を消そうよ」
「春ちゃんと灯氏がそう言うなら、まあ良いか」
「家主サマですしねぇ」
雑だな。
急いで席に着く。お互いを見遣りながら、頷き合った。
「では、せーので消すことに」
有里氏の音頭で進む。
「せーの」
部屋が一気に暗くなった。
「メリー・クリスマス!」
春香が声を上げた。私を含め三人がそれに続く。
電気をつけ、ワインを飲み干し笑いあった。
窓の外を見る。春香もそれに倣ったのか、一緒に外を見た。
「雨は夜更け過ぎに、雪に変わりそうやな」
──どこかで聞いたフレーズだ。