私は物心ついた頃から、難しいことは考えないようになっていた。

 難しい思考を放り投げるのは、実に容易い。

 宙に浮いていた黒い翼のモノも、塀に佇んでいた青銅肌のすらりとした動くシーサーも――綺麗だったり不思議だったり、奇妙だったりよく分からないモノだったり。逆にゾッとするほど怖いモノでも、あまり語ってしまってはいけないような気がして、口を閉ざす。


 それでも初めて心の底から恐怖したことと、それと一緒に起こった不思議な出来ごとを吐き出したくて、私はようやく、ここにそれだけは書き記すことにした。


 それは、とあるツーリングの日のことだ。

 初夏の天候はよく晴れていた。

 この日も、一段と暑い日差しが降り注ぐ。信号で車体が止まると、バイクにまたがった私は車内に冷房をかける人間をむっつりと眺め、

「なんて初夏だよ」

 と、熱気に眩暈を覚えつつ愚痴った。

 しかし、ひとたびバイクが走り出すと様子はずいぶんと変わる。