(心臓が苦しい。息が詰まりそうだ)

 私とバイクは逃げなければいけなかった。

 一秒でも早く、そこから離れないといけない。

 なぜそんなことを思うのかを考えるのは、すでに愚問だった。私はその答えをもう知っていた。

 遠ざかる交差点にいるであろうナニモノかに気付かれないように、私は警告ばかりを発するしかない思考で、視線だけをそろりとサイドミラーに移した。ソレを見た瞬間、生々しい恐ろしさが胸の底から爆発しそうになった。

(――なんだ、あれ)

 一目見て、やばいモノだとは感じ取れた。

 私が右折した交差点の歩道に、歪に盛り上がる肉の塊があった。

 蠢くその白い肌は、真っ赤な潜血が盛り上がる肉の境目に滑らかに伝っていて、それは血が噴き出したあとなのかまるで見当がつかなかった。

 分かっていることは、それには女の頭がついている。

 両手両足で地面を這っているその姿は、ソレが元々は人間であったと私に知らしめるのに充分であった。