三発分の銃声が、鳴り響いた。
殺人鬼の胸に赤い血が咲き、その動きが止まる。殺人鬼の巨体がゆっくりと、前のめりに倒れる。
同時に主人公の青年・朱音の痩せた身体も、殺人鬼に覆い被さるように倒れた。
「しゅ、朱音!」
ヒロイン・鈴久が銃を放り投げ、恋人の名を呼んで駆け寄った。朱音の顔が大映しになる。
誰もが主人公の死という展開を覚悟した――時。
「鈴久……」
息も絶え絶えに、朱音は応えた。鈴久の瞳に涙が浮かぶ。
「朱音! 朱音! 生きてるのね!」
「そうみたい、だな……」
朱音は呻いて、緩慢な動きで殺人鬼の死体から離れ、地面に大の字になった。
「でもどうして。弾は貫通しているのに」
鈴久が尋ねると、朱音は口元だけ笑って、上着の前を開けた。
「これの――おかげさ」
朱音が胸の内ポケットから取り出したのは、――薄いキツネ色の丸い煎餅だった。
「こ、これは!」
鈴久がオーバーなしぐさで煎餅を取り上げる。
「尊美米菓の新製品、『カタカタ焼きせんべい』じゃないの!」
「ああ。日本一の煎餅メーカーである尊美米菓が、満を持して開発した堅焼き煎餅さ。まさに堅焼き中の堅焼き、歯で噛んで割るのはまず不可能、トンカチ使用推奨、しかしその堅さとは裏腹に、どこまでも優しい甘塩っぱさが絶妙な『カタカタ焼きせんべい』ーーこれを、胸元に入れていたおかげで」
弾丸がポロポロと床に落ちる。銃弾を受けたのにヒビひとつついていない煎餅の表面がクローズアップされる。
「なんてことなの……この大ヒット間違いなしの『カタカタ焼きせんべい』が、私の愛する人を救ったなんて……!」
鈴久が朱音の手をしっかりと握る。朱音が甘く微笑み、鈴久に囁いた。
「鈴久……約束どおり、結婚しよう。君を必ず幸せにすると、この『カタカタ焼きせんべい』のように固く誓うよ」
そして二人は、煎餅の前でキスを交わす。
場面が切り替わる。夜明けを迎え、爽やかな青空と凪いだ海の間を往く豪華客船が映し出される。その穏やかな光景は、ゆっくりとフェードアウトしていった――
「……」
完成した『ドーン・オブ・ザ・デッドクルーズ』の試写を見終えた四了野は、無言だった。
助監督の亜熊野も無言だった。スタッフもキャストも、全員が無言だった。
急きょ脚本を書きかえ、撮り直したラストシーンに言及する者は、いなかった。
四了野は虚ろな眼差しでエンドロールを見つめた。主題歌が流れる中、黒の画面に白い文字が延々と上にのぼっていく。
その中に、『提供:尊美米菓』の文字があった。
「……」
四了野は迷っていた。泣けばいいのか笑えばいいのか憤ればいいのか傷つけばいいのか、本気で判断つかなかった。
涙も笑いも出ない四了野は、ぽつりとつぶやいた。
「炎上しても……小火で済んだらいいなぁ……」
四了野は無意識に首筋をさすった。まるで首輪でもついてるかのように、やたらと重く感じていた。【了】
殺人鬼の胸に赤い血が咲き、その動きが止まる。殺人鬼の巨体がゆっくりと、前のめりに倒れる。
同時に主人公の青年・朱音の痩せた身体も、殺人鬼に覆い被さるように倒れた。
「しゅ、朱音!」
ヒロイン・鈴久が銃を放り投げ、恋人の名を呼んで駆け寄った。朱音の顔が大映しになる。
誰もが主人公の死という展開を覚悟した――時。
「鈴久……」
息も絶え絶えに、朱音は応えた。鈴久の瞳に涙が浮かぶ。
「朱音! 朱音! 生きてるのね!」
「そうみたい、だな……」
朱音は呻いて、緩慢な動きで殺人鬼の死体から離れ、地面に大の字になった。
「でもどうして。弾は貫通しているのに」
鈴久が尋ねると、朱音は口元だけ笑って、上着の前を開けた。
「これの――おかげさ」
朱音が胸の内ポケットから取り出したのは、――薄いキツネ色の丸い煎餅だった。
「こ、これは!」
鈴久がオーバーなしぐさで煎餅を取り上げる。
「尊美米菓の新製品、『カタカタ焼きせんべい』じゃないの!」
「ああ。日本一の煎餅メーカーである尊美米菓が、満を持して開発した堅焼き煎餅さ。まさに堅焼き中の堅焼き、歯で噛んで割るのはまず不可能、トンカチ使用推奨、しかしその堅さとは裏腹に、どこまでも優しい甘塩っぱさが絶妙な『カタカタ焼きせんべい』ーーこれを、胸元に入れていたおかげで」
弾丸がポロポロと床に落ちる。銃弾を受けたのにヒビひとつついていない煎餅の表面がクローズアップされる。
「なんてことなの……この大ヒット間違いなしの『カタカタ焼きせんべい』が、私の愛する人を救ったなんて……!」
鈴久が朱音の手をしっかりと握る。朱音が甘く微笑み、鈴久に囁いた。
「鈴久……約束どおり、結婚しよう。君を必ず幸せにすると、この『カタカタ焼きせんべい』のように固く誓うよ」
そして二人は、煎餅の前でキスを交わす。
場面が切り替わる。夜明けを迎え、爽やかな青空と凪いだ海の間を往く豪華客船が映し出される。その穏やかな光景は、ゆっくりとフェードアウトしていった――
「……」
完成した『ドーン・オブ・ザ・デッドクルーズ』の試写を見終えた四了野は、無言だった。
助監督の亜熊野も無言だった。スタッフもキャストも、全員が無言だった。
急きょ脚本を書きかえ、撮り直したラストシーンに言及する者は、いなかった。
四了野は虚ろな眼差しでエンドロールを見つめた。主題歌が流れる中、黒の画面に白い文字が延々と上にのぼっていく。
その中に、『提供:尊美米菓』の文字があった。
「……」
四了野は迷っていた。泣けばいいのか笑えばいいのか憤ればいいのか傷つけばいいのか、本気で判断つかなかった。
涙も笑いも出ない四了野は、ぽつりとつぶやいた。
「炎上しても……小火で済んだらいいなぁ……」
四了野は無意識に首筋をさすった。まるで首輪でもついてるかのように、やたらと重く感じていた。【了】