「母さん! 来週の水曜までに美容院行ってきて!」
 
 俺は家に帰り、母親を見て懇願した。
 俺の中学時代の芋ジャ=学校ジャージを着て、髪の毛はナチュラルツートンカラーで、せんべい食べてる。これは、マズい。
 
「来週の水曜? 三者面談はまだよね? もしかしてアンタ悪いことして先生来るの?」
「んな、悪いこともしてないし、高校の先生がそんなことで個別訪問もしないって。それから、ジャージも着用禁止な! 頼むっ」
「なんなの? 一体」
「先生は来ないけど……友達、来るから!」
 
 俺は母さんに再び頭を下げた、インコのナナの元へと走った。

 何一つ、嘘は吐いていない。来るのはクラスメイト。それだけ。それだけだけど、俺にとっては一大事だ。

――来週水曜、澤井が来る。


*  *  *

「今日、お邪魔して本当に大丈夫?」
「もちろん! 大歓迎!」

 俺は浮かれながらも、動揺と不安な一週間を過ごした。
 そして、とうとう隣に澤井を引き連れて、今下校している。
 一緒に澤井と自分家までの道を歩いているなんて、夢みたいだ。
 毎日通っている道が、全く別の景色に見える。
 
「雨宮ん家、楽しみだな」
「ほんと?」
「ナナちゃんに会えるなんて」
「……そうだな」

 浮かれすぎてて忘れた。
 そう、今日澤井が家に来てくれる目的は、インコのナナを見に来るってこと。
 俺は、悪い言い方をすれば、ナナを使って澤井を釣った。
 で、でも前に俺が見に行ったから、お返しだし。し合いっこだし。
 
 澤井の事を、これ特別な感情じゃね? となんとか袋にも聞かず、誰に聞くまでもなく悟ってから、そんな素振りを見せずに澤井と変わらず接してきたけど。
 澤井は愛しのユウタセンパイと疎遠になってしまったらしく、最近元気がない。
 先輩トークがネタを尽き、二人共通の秘密の話題は他に唯一、インコしかなくなった。
 俺は、そのわずかな生命線を切らさない様必死で、インコ知識の達人と化した。
 今まで母親に任せていた世話もするようになり、ナナとは一心同体だ。
 
 あの豪邸に住んでる澤井を一般庶民モデルルームみたいな俺ん家に呼ぶのは、勇気がいった。
 招かれた時は、絶対呼べねーって思ったのに、実際はただ浮かれきってる。