戸惑いながら机に向かってしっかり座るやいなや

(え?!)

 澤井が窓を向いたまま、俺の太股の上に尻を乗せてきた。

(なんだこれ?!意味わからん!)

 何も言葉は続けられないけど、正直パニくってる。
 心臓が内側から殴られてるみたいだ。知り合って指一本触れたことない間柄なのに、今いわゆる膝の上に乗っている状態だ。澤井が。

 これ、澤井が育った国じゃ当たり前なんだろうか?
 風に吹かれた澤井の髪が俺の頬と鼻をくすぐり、また心臓が跳ね上がる。

「なんだ?ちょ、」
「ありがとう」
「……」

 言いたいこと聞きたいことが大渋滞してんのに。
 また澤井がくれた一言で、ややこしい事、全てどうでも良くなった。

「キキ元気か?」
「あ、あぁ元気。そっちの……」
「ナナか?元気元気」

「ナナっていうのか。雨宮んところのインコ。キキとナナ……なんか惜しいな。名前つけんの空気読めよ」
「ハハハ!どうやってだよ。多分俺ん家の方が飼ったの早いし。それ以前に、飼う前なんて俺等知り合ってもないだろ。お前の悠太先輩の事、知ってからなんだから」
「あっそうかー。ま、俺の先輩、じゃないけど……みんなの、だよ」

 お互い普通のテンションで世間話をしてる。
 奇妙な格好のまま。澤井は俺を椅子代わりにしたままで。俺は初めて澤井の重みと体温を感じて、身体がじんじんしてきた。

「そういえばさ、最近先輩の報告なかったな」
「うん……だって、報告出来ること、あんま、なくてさ」

 静かになった教室に、グラウンドの騒がしい声が余計に響く。
 どの声が、澤井が好きな先輩かなんて解らないけど外は活気が有って、この教室とは別世界に感じ、同じ学校とは思えない。
 元気が無くなり、項垂れた澤井は黙ったままだ。
 重いけど、心臓暴れたままだけど、俺も身動き取れずにじっとする事しかできない。どうしたらいいかわからないから。

「欲しい物聞いても、『足りてる』っていうし」
「そうなんだ」
「彼女も二人変わってるし」
「マジで?」
「先輩、あんま曲のこと聞いて来てくれなくなったし……」
「そうだったのか」
「僕のmessageは既読無視からの未読無視の領域に入っているし」
「それは、」

「あいつ、電気も消すし、エアコンも付けるらしーし!俺だって、部屋に呼んで貰えたら、そんなこと位いくらでもするのに!」
「あいつって、どいつ?」
「僕……やっぱスピーカー以下だったんだな」

 澤井はゴツンと窓に頭をぶつけ、その反動で俺に身体を擡げてきた。
 窓に響いたこいつの心の痛み、下の先輩に聞こえて欲しいとマジで願う。
 澤井は「フフフ」と笑い出したけど、椅子代わりになって、触れ合ってるから解る。笑ってなんかない。泣いてる。小さい震えが全身に伝わってくる。

「澤井は、物以下なんかじゃ、ない! 絶対違う!」

 痺れて感覚が無い足をなんとか踏ん張り、後ろから力づくで抱きしめた。
 澤井を……人を抱き締めた事が初めてで、加減も正解も解らない。だけど、せずにはいられない。

「澤井は……ちゃんと重いし、体温高いし、傷つくし、泣くし、すごいスペックなのにバカだし、純粋で心が綺麗で、そんなところが……とにかく、凄い!!」

「雨宮……」
「だから、なんだ。えっと……」

 頭回らなくて、思いつくまま口にしたけど、やっぱりなんの恋愛キャリアも無い俺には、何も気の利く言葉も続けられない。
 格好良い慰める術も、この気持を伝える方法も思いつかずもどかしい。

「あーーーーー」

 どうしていいか判らないから、目の前にある澤井の頭をよしよしと撫でた。
 澤井の身体が一瞬ビクついたけど、俺に身を任せている。後頭部がくしゃくしゃになって髪が跳ねた。

「わかった?な?」

 澤井は黙ったままで、着地点が解らない俺は澤井の背中に頭突きをして、終了した。

「……なにが『な?』だよ」

 怒られるのか、引かれるのかと心配だったけど、不安はどっかに吹き飛んだ。
 言葉だけじゃ、解らない。触れてるから解る。澤井は笑ってくれている。

(俺は相談キャリアは皆無だし、恋愛スキル検索サイト以下かも知れないけど……こうやって、澤井を撫でて抱き締めて慰めて笑わせてやれる。してやりたい)

「澤井、いい加減重い。どけよ」
「えーー」
「誰かきそうだし、帰ろう」
「もう?帰るのか」
「あぁ帰ろう。一緒にさ」
「……ありがとう」

 俺の気持ちの行方とか、これでいいのかとか、澤井がくれた一言でやっぱり全部どうでも良くなった。
 クラスメイトになってから、今日初めて二人一緒に教室を後にした。


-つづく-