二人だけの秘密を持ってから季節も変わったけど、俺と澤井の関係性は何も変わらない。
休み時間、呼ばれた時に話すだけ。
プラベで遊びに行ったりすることもない。
放課後一緒に帰ることもない……けど、教室にはたまに残っている。
窓際の後ろから二番目。
誰もいない教室を背にして、グラウンドを食い入るように見ている、澤井。
「そこ、俺の席なんだけど」
「いーじゃん。ここ、特等席だから」
俺はというと、グラウンドを見ている澤井を見ている。
本人は夢中だから気づかないだろうけど、もし誰かにこの姿を見られて、勘づかれたり弄られたりしたら、と思うと心配で、見守っている。
「後、ちょっとだけ。もうすぐ帰るから」
「了解」
「ありがとう」
澤井は目で追いながら、心ここに非ずな会話をしてきた。
慣れっこだから、なんともないが
”ありがとう”
この一言には、俺は相変わらず弱い。
けっこうなんでも許してしまえる。
こんなこと初めてで、澤井相手以外に、無い。
この寛容さに、自分で驚く。
俺のこの謎感情が何処から来るのか、何処へ行くのか。誰か教えてほしい。
どんなに知りたくても、意地でもスピーカーと携帯にだけは問いかけないけど。
「この席、いいなあ。体育の時間も見放題だ」
「だったら、ここにならなくて良かったな。授業聞かなくなるだろうからさ」
澤井は漸く振り向き俺の顔を見て、はずかしそうな笑顔を見せた。
「悠太先輩の足、地面からずっと浮いてるみたいだ」
「確かに、すごいな」
話に聞くだけは山ほど聞いてるけど、俺は未だに直接話したことはない。悠太先輩。
目を引く姿、理解できる。
「教室でそりゃ、ここが一番見やすいけどさ、もう授業終わってるんだし、別にこんなところでコソコソ見なくても、下に降りて近くで見れば?ギャラリーも居るから紛れるだろうし」
「雨宮には見えないのか」
「何が?」
「あの、壁」
「壁?」
「そう。あの、たっかいたっかい、壁」
澤井は少し目を伏せ、曖昧にグラウンドを指差した。
「無邪気に先輩に声かけてるマネとか周りのあの娘達とさ、僕の間には……乗り越えられんのかって見上げても果てが見えない壁が立ってんだよね」
話に聞くだけだと簡単にいえたけど、実際目の当たりにした後、澤井が女子に混じってきゃーきゃー言ってる姿をシミュレーションし、放った言葉の無神経さを反省する。
(本人が一番感じてんだろうな……)
「見えたわ俺にも。壁。高いか低いかは俺には解らないけど、無いって無責任に言えない。確かにあることは、ある」
「だろ?!だから、僕はここで良いんだよ」
俺がぼーっと、窓の外を眺めていると、不意にブレザーの裾を引っ張られた。
見下ろすと澤井が半分開けた椅子のスペースを指差してる。
席をぶんどって、罪悪感が沸いたんだろうか。座れってことか?
またすぐグラウンドに視線を戻し、何も言わない澤井の隣に腰を落とした。
ひとつの椅子に半分座っているから、ケツが落ちそうだ。半分で保てるポジションを探ろうとしたところ、突然澤井が腰をあげた。
「ちゃんと座ってくれよ。ココ雨宮の席だし」
「あ、あぁ」