今日のノーブレス報告によると、昨日何度目かの、先輩宅訪問に成功したらしい。
向こうの話は勿論一言も俺は聞いたことがないから、断言することは出来ないが……
悠太先輩は陸上部の短距離選手で彼女が居たこともあり、澤井の事はただの後輩としか見ていないらしい。
しかも、運動が苦手な癖に近づきたい一心で同じ部活に入ったけど、すぐにやめてしまったから、関係も薄い。
スポーツ以外で先輩の趣味を全力で物にし、今の関係を築いたらしい。
本人曰く、便利屋だそうだ。
普通恋に夢中なら、自意識過剰に関係性を盛って妄想しててもよさそうなもんだけど、澤井は冷静に自己分析していて。だけど片想いに邁進してる。
そんな澤井が不憫だけど健気で気になって、この変な役目をやめられないでいる。
俺が拒否ったら誰にも言えないで、話し相手はインコのキキちゃんだけ、の状況にまた戻ってしまうんだろうし。
「先輩喜んでくれてさあ!」
「良かったな」
「澤井、凄いよな。その特技」
「うん!先輩も喜んでくれるから、どんどんスキル上がるしな。情報仕入れんの大変だけど。テレビ、動画、インディーズの配信……めっちゃアンテナ張ってる!まあ、先輩の好みを熟知してるから、大体めぼし付けられるしな」
澤井は、流行もんが好きな先輩の為に、ハミング歌われただけで、何の誰の曲かを即座に答える技を身に付けている。
音源を手に入れて、すぐに提供も出来る様にもしているらしい。
褒めてやると得意気な笑顔が溢れる。これも教室では見せない表情。子供みたいで可愛いな、と最近思う。
「ほんとに、すごいと思うよ。『♪ふふふん~これ何?』で、わかるんだろ?」
「まあな!先輩のキーも聴いてて把握してるから、仕入れた曲は耳コピして空で譜面起こして、先輩のキーに脳内変換して記憶し直してる」
「それって……絶対音感ていうのあるから出来るんじゃ」
「いゃあ、ピアノにヴァイオリンに声楽……習わされてた小っちゃい頃はダルかったけど、やってて良かったよ!こんなに役に立つとは!すぐ答えて、スマホでかけたとき、すんごい喜んでくれるんだ。先輩のあの顔ったら」
喉まで出かかった言葉があるけど、澤井の幸せそうな顔を見て、俺は飲み込んだ。
「でもさ……昨日、親のコネ駆使して手に入れた非売品のTシャツ、餌にして部屋に行っただろ?そしたら……ライバルが居たんだ」
薄茶色の髪が俯いた澤井の頬を滑り、影が落ちた。
「ライバル?部屋に女の形跡、とか?」
「そんなのいつ出来ても目にしても覚悟してるし、僕は……ライバルにもなれないよ。違う違う」
「じゃあ他に誰がライバルなんだ?」
「誰って……人じゃないんだ。先輩の部屋に有って、使ってたんだ……雨宮、知ってるか?」
「だから、何」
「Alexa」
「?」
「Alexa」
「え、なんて?」
「Alexa!」
「え、なんて?」
「……だからあ!最近流行ってんだろ!機能一杯あって、なんでも応えるちっちゃいスピーカーやタブレットのやつ!」
俺が何度も聞き返したせいでイラついた澤井がしてくれた説明を聞いて、漸く理解できた。持ってないけど、CMで見たことある。
あの物の名前をを言ってたんだ。聞き取れなかった。だって……
「お前、発音良すぎだって」
「別にイキってない!良くイジられるけど、ネイティブなんだから、しゃーないだろ!」
「そっか、帰国子女だったな」
そうだった。澤井は運動こそ残念音痴だけど、決してご近所じゃ見ない家住んでて、絶対音感持ってて、英語ベラベラで、見た目もこいつの秘密を知ってなきゃ、キレーでモテる部類だろうなと、思う。
「まあ、僕の名前呼び、先輩ウケてくれたから、喋れて良かったけど。
先輩さあ、最近そいつに呼び掛けてんだってさ。気分にあった曲とか、調べてかけてくれるんだって。アプリでハミングで探せるの もあるらしーし……」
「へえ、あれ、そんなことも出来るのか」
「そうなんだよ。僕の役目、無くなっちゃうよ……僕よりデキる奴。マジでピンチ。帰りに躓いたふりして踏んづけてやろうかと思った」
澤井はまた項垂れた。
本気でスピーカーをライバルと捉え、怯えて、嫉妬している。
家柄コネを使い好かれるグッズを求め奔走し、英才教育で培った音楽知識と絶対音感で、曲すぐ答えるポジを死守し、ネイティブ発音で笑いを取り……
(勿体無ーーーー!!)
振り向いて貰えない先輩なんてやめれば、こんなに辛い思いをせずに、もっと楽に楽しい高校生活送れんのに。バカだなあ。
「澤井さあ……正直、ハイスペックの無駄遣い」
「ん?」
俺はずっと我慢してた心の声を無意識にお漏らししてしまってたみたいで、慌てて口を押さえた。
「ハイスペック?って良くわかんないけど、無駄遣いなんて一ミリもない!僕が出来ることでさ、好きな人が少しでも喜んでくれたら、それって一番意味有ることじゃん?」
(あぁああぁ!!もう!ほっとけない!!)
バカな奴だなって、思うのに。ただただ不毛な話を聞かされてるだけなのに。
純真な笑顔で、真っ直ぐな目で伝えてくるから、なんだか胸がざわざわして、苦しい。
俺だけは助けてやろうと心に誓う。
「あぁ。そうだな。頑張れよ」
「頑張る。けど、何回も言ってるけどさ、僕は先輩とどんな関係になりたいとか、望んでない。
ただ、勝手に好きだから。
雨宮、話いつも聞いてくれてありがとう。マジで感謝してる」
少しほっぺた赤くさせ、照れてお礼を言ってくれた。
ほっとけない澤井の肩をつかみたくなったのか、知らずに手が伸びてて俺自身驚いて慌てて手を振って誤魔化す。
感謝してくれてるなんて、嬉しい。
俺も、もっとこいつの役に立ちたい。
「えーっと、なんだ!これからも話聞くし! それから、相談だってしてくれたら、できる限り答えたいと思ってるし!だから……」
「相談?それは、いい」
「へ?」
「雨宮、あれ知ってる?検索サイトのなんとか袋ってやつ。あそこ凄いんだよ!何の相談質問しても、会ったことない知らない人達が秒で答えてくれるんだー!すごい経験値ありそうな大人とか、モテプロみたいな人とかさ!
雨宮、言ってたじゃん。『まだ誰とも付き合ったこともないし、今好きな人もいない』って。話聞いてもらえるのはマジ感謝だけど、相談しても、答えるスキルなさそうで申し訳ないしな!」
「……」
「わっ、はじまる!早く行こ!」
微かに聞こえるチャイムと共に、澤井は走り去っていった。
「……」
無感情にポケットから、スマホを取り出す。
(俺より、役に立つのか……これが……)
検索サイトを、ぼんやり見ていたけど、解らない色んな感情が沸々と沸いてきた。
画面を指でぐぐぐと押し、割ってしまいたい衝動に駆られるのを、我慢した。
俺はチャイムが鳴り終わっても暫く立ちつくした。
-つづく-