コスプレを始めようと思ったきっかけは、小さい頃のごっこ遊びの延長だった。
 金井は華奢で、気が弱く、泣き虫で、よく幼稚園でいじめられていたのだ。
 今思えば、ちょっかいをかけられ、いちいち反応したのが、いじめっ子にとって面白かったに違いない。が、不快なものは不快だった。
 そんな金井を救ったのは、父親とのごっこ遊び。父親が怪人役で、金井はヒーロー役。その時だけは、いじめられている日常から解放されたのだ。
 非日常なら自分は強くなれる。
 小学校にあがれば、皆ごっこ遊びは卒業していると知り、金井も一時はそれを卒業した。しかし、アニメにハマった中学生時代、動画共有サイトでたまたま見た女装レイヤーの美しさに衝撃を受けた。
 コメントには「女装キモイ」だとか誹謗中傷などもあったが、好意的なコメントもまたあった。
 そこからコスプレ界隈のことを調べ始め、コスプレは何にでも変身出来る素晴らしい趣味だと知った。
 元コスプレイヤーの母親に教えられながら、おこづかいで布を買い、衣装を作ってみたのが始まりだ。
 コスプレは楽しい。工夫次第でムキムキな悪役にだってなれるし、メイク次第で王子様みたいにカッコよくもなれる。
 だが、今金井が楽しんでいるのは女の子のキャラ。だから、なおのこと女装コスプレなんてクラスメイトにバレるわけにはいかない。
 SNSでもコスプレは賛否両論あるのだ。女装は特に。キャラクターを汚すなだとか。昔に比べたら今はマシになったそうだが。
 そう、SNS は現実では言えないことを匿名でぶっちゃけることができる場所だから。
 どうでもいい投稿がきっかけで、あっという間に燃えがってしまうのだ。
 日常でもきっと例外はない。学校なんていじめの温床になりやすい場所では特に。
 金井はレイヤーであることを隠している。
 そして、自分が美人でも可愛いわけでもないことを理解している。男子の割には華奢で頼りない体型、髪は小さい頃からお世話になっている床屋さんで整えるくらいであるため、お行儀がいいだけ。顔に至ってはいたって特徴のないモブ顔。
「ただしイケメンに限る」というセリフがあるように、自分がイケメンだったら、コスプレ趣味をオープンに出来るのになと悩んだりもする。
 どんなコスプレでも出来るように、普段から無駄毛処理や、お肌のコンディションを整えるようにしているが、顔の造形を整えるのは、どんなに頑張ってメイクをしても限界がある。それに、ドライアイの傾向があり、カラコンができない。コスプレイヤーとしてあまりクオリティが高くないのだ。完璧主義なコスプレイヤーもいるため、同じ作品のコスプレイヤーを募集をして撮影をする併せなんて企画を見つけても、考え方の違いからいざこざに巻き込まれるのはゴメンなので、ほんの少し羨ましさを感じつつも募集ページをそっ閉じする。
 今のところコスプレは一人でも楽しいからいいけれど。
 コスプレをしていなければ、名前の「陽(はる)」とは真逆のただの陰キャでいも臭い男子高校生だ。
 クラスでは絶賛ぼっち。教室の片隅でスマホを片手にタテ読みマンガを読んだり、ゲームをしている。
 高校に友人がいないわけではないが、二年生になったとき、クラスが離れてしまってからは交流が少なくなってしまった。
 何でも新しいクラスで気の合うオタク仲間が出来たんだとか。ちょっと羨ましい。
 クラスの陽キャたちの騒がしさが余計に金井を惨めにさせる。
 ともかく、今の金井はつまならないながらも、日常の平和を守るために、コスプレ趣味だけはバレないようにしなければと思っている。火のない所に煙は立たぬ。微かな火を起こさぬように、隅っこでぼっちを楽しむしかないのである。