夏休みも終盤に差し掛かった頃、小沢が撮影スタジオを手配してくれた。
そのスタジオは、様々なブースがある。
造花がこれでもかと壁に敷き詰められていたり、カラフルポップで可愛いかったり、ゴシックな教会風だったり。何より近未来風のブースがあるのが小沢の決め手だったそうだ。
一瞬この背景SNSで見たことある! と興奮したが、これで小沢とのやりとりが終わるという絶望が、金井の心を黒く上書きした。
更衣室に入り、衣裳を着てメイクをする。最後にウィッグを被って完成だ。
更衣室から出ると、小沢は造花を背景にドールを撮影していた。
勿論着ている衣裳は金井が作ったものである。
衣裳を受け取った小沢の目は星よりキラキラと輝き、作って良かったと心の底から思った。
「小沢くん。準備出来たよ」
「ん、写真で見るより本物だ! やば、言葉がでねぇ!」
「へへ……」
好きなことを誉められるのは純粋に嬉しい。その嬉しさで、胸のもやもやを吹き飛ばそうかと思ったが、難しかった。
「あのさ、体調悪い? 待ち合わせ場所から俺ばかり喋ってるけど」
小沢が金井の頬をそっと触った。彼の指先から心地よい熱がじんわりと伝わってくる。
触らないで欲しい。お一人様に戻るのが怖くなるから。
視線を顔ごと反らす。こっちを見ないでくれ。
このままでは雰囲気が悪くなる。どうしよう。何かいい言い訳ないだろうか。
ふと、小沢にコスプレをしていることがバレた日を思い出した。
ミハルになりきって、強気でいたあの時を。
「あ……ほら! コスプレ界隈にはこんな言葉があってね! コスプレするなら心まで飾れ! ってね!」
確か何かの漫画の台詞だっただろうか。今はそんなことどうでもいい。
「面白い言葉があるんだな」
「そ、そう! だってこのキャラ、影があるじゃない? だからいい表情が出るように昨日からイメトレしてたんだ!」
白々しい嘘だ。そんなわけあるか。
これからも仲良くしてくださいなんて言っても困らせるだけだ。仲良くしてくれたのも、自分の衣装作りのモチベーションを保つため。いわば彼自身のためだ。
「さすが!」
「ほら、このスタジオ安くないんだから早く撮影しちゃお!」
せめてこの撮影が楽しく終われますように。
ドールを抱っこすると、ずしりと重い。緊張感から余計にそう感じさせるのだろうか。
「まずはそこの椅子に座って」
小沢はアンティーク調の椅子を指さした。
言われた通りに座ると、小沢はこちらに近づいてくる。
小沢は白い手袋をしている。何でも、素手でドールの顔に触れたくないのだそうだ。金井の前に跪くと、ドールの顔の角度を変えたり、腕の関節の微調整を始めた。
ドールじゃなくて、こっちを見てよ。この日のために沢山頑張ったのに。
そう思ったところで、ふと気付いた。まるで片思いしているみたいじゃないか。
勝ち目のない片思い。
きっとこれは、少女漫画で、お似合いのカップルを見つめるヒロインみたいな気持ちだ。
小沢はスタジオ備え付けのライトを手慣れた様子でつけた。
煌々と照らされ、眩しい。照らされない場所は、くっきりと黒い影が浮かび上がる。影の部分はクラスでぼっちを極める自分を眺めているようだった。
「こっち向いて」
「うん」
カメラのレンズに目線を向ける。
すると、一眼レフのシャッター音がカシャカシャと鳴った。
デフォルトが無表情キャラで良かった気がする。こんな暗い気持ちの状態で笑えと言われてもきっと無理だから。
無機質な白い壁を背景に、ドールと自分のシンメトリーな立ちポーズをして写真を撮ることになった。
相変わらず、小沢はドールにつきっきりだ。
ドールに嫉妬心がむくむくと沸いてくる。
「小沢くん……! 僕にもポージング指定してよ……! もっといい写真撮れるよ!」
つい声を張り上げてしまった。普段の自分ではありえない。そんな声を出してしまった自分に驚いた。
小沢は手を止め、こちらを見つめてきた。
「あ、ごめん……急に大声出して」
すかさず謝ると、視線をそらした。ドールに嫉妬なんてみっともない。ドールは自分では動けないし、喋れない。だから小沢の手が必要なのに。
「少し、表情が固い」
小沢はそう言うと、こちらにやってきた。
金井の頬を手のひらでつつみ、見下ろしてくる。
目と目が合う。小沢の顔が近づいてきた。
いつもと違う雰囲気を感じ、ぎゅっと目を閉じると、唇に柔らかい感触が伝わってきた。
金井は目を見開いた。
小沢はいい写真を撮るために、キスまでする男なのか!
「な、な……!」
金井はただただ狼狽えることしか出来ない。
「俺は推しの色んな表情が見たい」
そう言いながら、ドールそっちのけで、シャッターを切った。
確かに捏造なんてジャンルもある。もしも推しが○○だったらみたいな。捏造の為だけにキスをするのか!
「残り時間少ないから、ポーズとって」
「あ、う、うん」
ドールをちらりと見て、同じポーズをとった。
そのスタジオは、様々なブースがある。
造花がこれでもかと壁に敷き詰められていたり、カラフルポップで可愛いかったり、ゴシックな教会風だったり。何より近未来風のブースがあるのが小沢の決め手だったそうだ。
一瞬この背景SNSで見たことある! と興奮したが、これで小沢とのやりとりが終わるという絶望が、金井の心を黒く上書きした。
更衣室に入り、衣裳を着てメイクをする。最後にウィッグを被って完成だ。
更衣室から出ると、小沢は造花を背景にドールを撮影していた。
勿論着ている衣裳は金井が作ったものである。
衣裳を受け取った小沢の目は星よりキラキラと輝き、作って良かったと心の底から思った。
「小沢くん。準備出来たよ」
「ん、写真で見るより本物だ! やば、言葉がでねぇ!」
「へへ……」
好きなことを誉められるのは純粋に嬉しい。その嬉しさで、胸のもやもやを吹き飛ばそうかと思ったが、難しかった。
「あのさ、体調悪い? 待ち合わせ場所から俺ばかり喋ってるけど」
小沢が金井の頬をそっと触った。彼の指先から心地よい熱がじんわりと伝わってくる。
触らないで欲しい。お一人様に戻るのが怖くなるから。
視線を顔ごと反らす。こっちを見ないでくれ。
このままでは雰囲気が悪くなる。どうしよう。何かいい言い訳ないだろうか。
ふと、小沢にコスプレをしていることがバレた日を思い出した。
ミハルになりきって、強気でいたあの時を。
「あ……ほら! コスプレ界隈にはこんな言葉があってね! コスプレするなら心まで飾れ! ってね!」
確か何かの漫画の台詞だっただろうか。今はそんなことどうでもいい。
「面白い言葉があるんだな」
「そ、そう! だってこのキャラ、影があるじゃない? だからいい表情が出るように昨日からイメトレしてたんだ!」
白々しい嘘だ。そんなわけあるか。
これからも仲良くしてくださいなんて言っても困らせるだけだ。仲良くしてくれたのも、自分の衣装作りのモチベーションを保つため。いわば彼自身のためだ。
「さすが!」
「ほら、このスタジオ安くないんだから早く撮影しちゃお!」
せめてこの撮影が楽しく終われますように。
ドールを抱っこすると、ずしりと重い。緊張感から余計にそう感じさせるのだろうか。
「まずはそこの椅子に座って」
小沢はアンティーク調の椅子を指さした。
言われた通りに座ると、小沢はこちらに近づいてくる。
小沢は白い手袋をしている。何でも、素手でドールの顔に触れたくないのだそうだ。金井の前に跪くと、ドールの顔の角度を変えたり、腕の関節の微調整を始めた。
ドールじゃなくて、こっちを見てよ。この日のために沢山頑張ったのに。
そう思ったところで、ふと気付いた。まるで片思いしているみたいじゃないか。
勝ち目のない片思い。
きっとこれは、少女漫画で、お似合いのカップルを見つめるヒロインみたいな気持ちだ。
小沢はスタジオ備え付けのライトを手慣れた様子でつけた。
煌々と照らされ、眩しい。照らされない場所は、くっきりと黒い影が浮かび上がる。影の部分はクラスでぼっちを極める自分を眺めているようだった。
「こっち向いて」
「うん」
カメラのレンズに目線を向ける。
すると、一眼レフのシャッター音がカシャカシャと鳴った。
デフォルトが無表情キャラで良かった気がする。こんな暗い気持ちの状態で笑えと言われてもきっと無理だから。
無機質な白い壁を背景に、ドールと自分のシンメトリーな立ちポーズをして写真を撮ることになった。
相変わらず、小沢はドールにつきっきりだ。
ドールに嫉妬心がむくむくと沸いてくる。
「小沢くん……! 僕にもポージング指定してよ……! もっといい写真撮れるよ!」
つい声を張り上げてしまった。普段の自分ではありえない。そんな声を出してしまった自分に驚いた。
小沢は手を止め、こちらを見つめてきた。
「あ、ごめん……急に大声出して」
すかさず謝ると、視線をそらした。ドールに嫉妬なんてみっともない。ドールは自分では動けないし、喋れない。だから小沢の手が必要なのに。
「少し、表情が固い」
小沢はそう言うと、こちらにやってきた。
金井の頬を手のひらでつつみ、見下ろしてくる。
目と目が合う。小沢の顔が近づいてきた。
いつもと違う雰囲気を感じ、ぎゅっと目を閉じると、唇に柔らかい感触が伝わってきた。
金井は目を見開いた。
小沢はいい写真を撮るために、キスまでする男なのか!
「な、な……!」
金井はただただ狼狽えることしか出来ない。
「俺は推しの色んな表情が見たい」
そう言いながら、ドールそっちのけで、シャッターを切った。
確かに捏造なんてジャンルもある。もしも推しが○○だったらみたいな。捏造の為だけにキスをするのか!
「残り時間少ないから、ポーズとって」
「あ、う、うん」
ドールをちらりと見て、同じポーズをとった。