「明日から、夏休みにはいるけど羽目を外しすぎないように!」
担任の霧矢先生の声に、クラスの皆の元気な声が響き渡る。
明日から夏休みだと言うのに私と日那ちゃんの距離は離れたままだった。
夏休みに入ってしまったら、会う約束もしていない限り会わないだろう。
長く会わない分、きっと、次に会うときにはもっと距離が出来て、気まずくなっているだろう。
このまま三年間、日那ちゃんとこの距離のまま。
そう考えたら、嫌だった。
日那ちゃんとずっとこの気まずい関係のままで、卒業して会えなくなる。
友達じゃなくなる。
自分から離れておいて、都合のいい話だけど、前みたいに話したい。
染夜さん達と仲良くなる前みたいな距離に戻りたい。
最低だけど、そう思ってしまった。
高校で初めてできた友達で、私の味方になってくれた人。
私はやっぱり、日那ちゃんの事が大好きだった。
*
「玲ちゃん、夏休み誰かと遊ぶの?」
もう最近では当たり前になった龍君との帰り道。
駅までの長い道のりで、龍君がそう話題を振った。
「いや、誰とも遊ぶ約束してない。」
「南さんとは?遊ばないの?」
明るい声がワントーン低くなった気がした。
龍君には全て話したわけではない。
こんな自分の醜い感情を好きな人に伝えるのが嫌だった。
でも、何が原因かなんて分かっていないだろうけど何となく察してくれているようだった。
「本当は遊びたいけど、誘う勇気なくて。ほぼ私が悪い感じだから、申し訳ない。私といても楽しくないかも知れないし…。」
「そんなことないよ!」
龍君が真っ直ぐ見つめて言ってきた。
「俺は、玲ちゃんといて楽しいよ!一緒にいて楽しいとか、楽しくないとか決めるのは南さんじゃない?」
龍君は拗ねる子供をあやすかのように優しく続ける。
「玲ちゃんが、楽しいと思うことが大切だよ!それに、今は今しかないから。高一の夏休みも今しかないんだよ?楽しまないと損じゃん!」
龍君はそう言って微笑んだ。
駅に着いて、いつもの古びたベンチに腰を掛ける。
今日は終業式で学校が午前中までだったので、いつもの夕日の代わりに、太陽がギラギラと輝いていた。
「ふー。」
長い息を吐いて心を落ち着かせる。
スカートのポケットに入っているスマホを取り出し、日那ちゃんにメッセージを送ろうと電源をいれた時、
【一件のメッセージがあります。】
とロック画面に表示された。
日那ちゃんからだった。
慌てて、トーク画面を開く。
【玲ちゃん、夏休み遊ばない?】
すぐさま
【うん!遊びたい!】
と返信した。
その一分後に、既読の文字がつき返信が届いた。
【良かったー!断られるかと思ったから、安心した!】
【sunriseのライブのチケットが二枚取れたから一緒に見に行かない?】
そのメッセージのあと、日にちや場所など詳しい詳細が送られてきた。
sunriseとは七人組の女性アイドルグループで、私たちが仲良くなったのもsunriseが好きという共通点からだった。
sunriseのライブに行ける嬉しさと、日那ちゃんと遊べる嬉しさからすぐさま隣にいた龍君に報告した。
龍君は
「良かったね!」
と笑ったあと考える素振りをした。
「そういえば、俺の友達もsunrise好きって言ってたなー!」
「そうなの?」
龍君によると、その人はファンレターを書くほどの熱狂的なファンらしく、私と同じ月城 雅《つきしろ みやび》ちゃん推しなんだそう。
月城 雅ちゃんは、長くて黒いサラサラのロングヘアーとぱっちりとした可愛い目が印象的なアイドル。
でも性格は、そんな可愛い見た目とは裏腹にクールに見られがちだそうで本人曰く、誤解されやすい性格なんだとか。
立ち位置としては目立たない端の方で、テレビに映るのも他のメンバーよりは少ない。
さらにグループが変革期を迎えるなかで、シンメトリー。
つまり、アイドルでいう同じ立ち位置だったメンバーの朝日奈 もも《あさひな もも》ちゃんがセンターになったことにより、二人の人気には格差がついていき、絡みも少なくなっていた。
それでも、負けずに歌って踊っている姿を見て心を打たれて好きになった。
きっとその龍君の友達も、雅ちゃんのそういう姿に惹かれたんだろうな。
と勝手に妄想していると、
「ねぇ!」
と声がかかった。
「俺とも夏休み遊ぼう?」
龍君の誘いに私は満面の笑みで頷いた。
龍君とは夏の終わりごろに開催されている夏祭りに一緒に行くことになった。
こんなに嬉しくて良いのかと思うほど、私の心は幸せな気持ちでいっぱいになった。
そんな私を照らすように太陽が光り、輝いていた。
*
ライブ当日の朝。
いつもより早く目が覚める。
というか、緊張と楽しみで胸がドキドキして寝付けなかったのであまり眠ったという実感はない。
朝御飯を食べ昨日決めておいた、服に腕を通す。
薄くメイクをして髪も少し巻いてみた。
鏡にはいつもと違う自分がいて何だか魔法がかかっているんじゃないかと思うくらい可愛くできた。
時計を確認すると、日那ちゃんとの待ち合わせの時間まであと三十分だった。
お気に入りの靴を履いて、玄関の姿見でもう一度、自分をチェックする。
「よし。いい感じ!」
私はいつもより軽く感じるドアを開けて、待ち合わせ場所である駅まで歩いた。
あっという間に駅に着き、時刻を確認すると、待ち合わせ時間の10分前だった。
ドキドキが止まらない。
でもいつもの嫌なドキドキなんかじゃなくて、楽しみという気持ちと、日那ちゃんと久しぶりに二人であって話す緊張のドキドキだった。
「玲ちゃ~ん!」
高くて可愛い声が聞こえて振り向くと、ピンクのスカートを着た日那ちゃんがいた。
「見て!見て!ももちゃんカラーのスカート~!」
日那ちゃんは一回転して回って見せる。
ももちゃんとは、朝日奈 ももちゃんの事でグループのセンター。
明るい茶色の長い髪を緩く巻いているのが特徴的。
性格はふわふわしてて、おっとりしている。
私の推しである雅ちゃんとは正反対。
そして、雅ちゃんとはシンメトリーの関係だった。
日那ちゃんとももちゃんは、似ていると思うときがある。
誰からも愛される圧倒的ヒロイン。
その隣にいる私たちは脇役でヒロインを引き立てるのが役目なんだろうな。
雅ちゃんはももちゃんと比べられる立ち位置にいてどう思ったんだろう?
ふと思った。
いつの間にか来ていた電車に乗り会場に向かう。
会場付近に近づくと、ライブに行くファンの人で溢れかえっていた。
「すごい人だね!」
日那ちゃんが隣で驚きながら辺りを見渡す。
今日のライブはデビュー五周年を記念したライブで、いつもよりも会場は大きく大規模で行われていた。
長い列に並んで、何とか会場へ入る。
席はわりとステージに近い方だった。
女性アイドルグループということもあって、男性率が高い。
男女比は、男性が七割。女性が三割くらいだった。
今か、今かと皆がワクワクしている。
sunriseを呼ぶ声もだんだんと大きくなっていた。
ふと照明が落ち、オープニングの映像が流れ始める。
一気に沸きだす会場。
三・二・一のカウントダウンのあと音楽が流れ始めメンバー達が元気よく登場した。
大きな歓声とともに始まる一曲目。
隣にいる日那ちゃんも元気よくペンライトを振り
「ももちゃーーん!」
と叫んでいる。
かくいう私も、リズムにのってペンライトを振る。
自然と笑顔になる。
今までの辛い出来事や、苦しい出来事なんて忘れてしまうくらい熱中していた。
あっという間に何曲か歌い、ライブはトークコーナーに入った。
だいたいsunriseはこのコーナーにはいるとライブは折り返し地点に入る。
ファンの人たちもここで一旦、休憩を挟む。
椅子に座って楽しそうなトークに耳を傾けた。
トークを回すのはリーダーのかれんちゃん。
話題はデビュー五周年について。
それぞれ、「早いねー!」と言い合っている。
「やっぱり、私たちにとって一番大きかったのは、ももがセンターになったことじゃない?」
そう問いかけるかれんちゃん。
他のメンバーも頷いている。
話題の中心であるももちゃんは、微笑みながら
「そんなことないよ~!」
と言っている。
皆がももちゃんに視線をやるなか、私は横一列に並んだその一番左端にいる雅ちゃんに視線を向けた。
雅ちゃんはトークに混ざるわけでもなく、ニコニコ笑って頷いている。
何だか、日那ちゃんと離れる前の自分と重なった。
雅ちゃんは今どんな気持ちなんだろう?
同じ立ち位置から始まったはずなのに、ももちゃんはどんどん先に行ってしまって。
扱いが変わってしまって。
人気に格差が出てしまって。
同じグループにいるのにスポットライトが当たらなくて。
どんな気持ちでここまでやってきたんだろう?
そんな事を考えていたとき、かれんちゃんが全然話していない雅ちゃんに話題を振った。
「雅は、五周年を振り返ってみてどう?何が印象に残ってる?」
雅ちゃんはそれまで下に下げていたマイクを口元に持っていく。
「ももがセンターになったのも印象的だけど、私の中ではデビュー後の一発目のライブが印象に残ってるかな。」
「すごく緊張したけど、すごく楽しかったから!」
その発言に
「そうだね!」
と賛同するメンバー達。
雅ちゃんは安心したかのような笑顔を見せるとそっとマイクを下ろした。
*
ライブは終盤戦に差し掛かる。
それぞれ違う場所で踊って歌っていたメンバー達は最後の曲を歌い終えると、メインステージでまた横一列に並んだ。
いつものライブならここで一旦はけてアンコールに移るのだが今日は五周年を記念したライブということもあり、メンバーが一人一人挨拶をする時間が設けられていた。
順番にメンバー達が挨拶していく。
今までの思い出や、これからの抱負を語っていた。
挨拶しているメンバーのメンバーカラーに合わせて、ファンの人たちもペンライトの色を変えていく。
順番が雅ちゃんに回ってきた。
会場が水色の海に染まる。
「月城 雅です。今日はこの場を借りて今まで話してこなかったことを正直に伝えようと思います。」
その言葉に会場が一気にざわざわしだす。
メンバーも知らなかったようで雅ちゃんを不思議そうに見ていた。
「私は、ももとシンメのポジションで、デビュー当初からやってきました。当時は必死で、すごくもものこと意識して仲間だけどライバルみたいな関係でなんでも話せる親友でした。」
雅ちゃんは聞き取りやすい優しい声で続ける。
「でも、ももがセンターになってからは少し複雑になっていきました。自分よりも先を歩くももに正直、嫉妬してました。」
ももちゃんも心配そうに見つめる。
「ももが努力している姿は誰よりも知っていたけど、私も負けないくらい一生懸命やってるのにって思うときがあって。ももが前に立ってスポットライトを浴びてる度、いいなーって思っててその度に苦しくて、羨ましいって感情が出てきて辛くなるんです。」
雅ちゃんは今にも泣き出しそうだった。
ファンの
「頑張れーー!!」
という声が大きくなる。
それに応えるかのようにまた、前を向いて話しだした。
「でもそんなとき、一通のファンレターが届いたんです。そこにはこう書いてありました。」
『月は、太陽にはなれない。だけど月は夜空で一番輝く星です!たとえ今、輝けなくても、いつか輝ける日が必ず来ます。そして俺は、どんな雅ちゃんでも大好きです!』
雅ちゃんの目から一筋の涙がこぼれた。
「アンチが多かったときにこの言葉をもらってすごく、救われました。その日から比べても真似しても意味ないんだなって。自分は自分以外にはなれないから。いつか、私にも輝ける日が来るって。だからその日まで頑張ろうと思いました。」
そう言って会場を見渡したあと、ももちゃんを見て名前を呼んだ。
二人を前に出すメンバー達。
「今までごめんなさい。私が勝手に嫉妬して、時にはひどい態度をとって傷つけたこともあったと思う。ももは、心配してくれてたのに本当にごめん。」
ももちゃんは首を横に振っている。
「あの日からずっと言えなかったけど、センターおめでとう。そしてこれからもずっと大好きです。」
雅ちゃんの言葉に涙を流しながらももちゃんは抱擁を交わす。
周りからはズルズルと鼻をすする音が聞こえる。
皆、泣いていた。
私も日那ちゃんも涙でびしょびしょだった。
隣で涙を流す日那ちゃんを見て思う。
私も正直に伝えようと。
*
「ライブ、最高だったね~!」
会場からでたあともまだ余韻に浸っていた。
まだこの場に残っていたい気持ちを抑えながら駅へと向かう。
その道中、私たちの話題はライブの話で持ちきりだった。
一通り話終えたあと、少しの沈黙が生まれた。
「何か玲ちゃんとこうやって、二人で話ながら帰るの久しぶりだね!」
日那ちゃんが沈黙を破る。
伝えなければそう思った。
「日那ちゃん、ごめん!」
私は勢いよく頭を下げる。
歩く足が止まって、日那ちゃんは
「玲ちゃん?どうしたの!?」
と心配している声が聞こえる。
「私、日那ちゃんに嫉妬してたの。」
「…え?」
顔を上げると日那ちゃんの動揺している様子が目に入る。
「日那ちゃんと染夜さん達が仲良くなってから、グループになって。その中で日那ちゃんは馴染めてるのに私だけ馴染めなくて。皆から愛されてる日那ちゃんに嫉妬してたの。」
「…玲ちゃん。」
「日那ちゃんから離れたのは、日那ちゃんのそばにいると、自分がどんどん醜くなっていくのが辛かったから。」
「…」
「でもそのせいで、日那ちゃんを傷つけてしまった。だから本当にごめんなさい。」
私は何度も謝る。
止まっていた涙がまた出始めたとき、
「玲ちゃん、顔上げて。」
と日那ちゃんが優しく言う。
顔を上げると日那ちゃんは優しく微笑んだ。
「玲ちゃんのとった行動は間違ってないよ!自分を守れて優先できることはいいことだよ!私も気づけなくてごめん。そばにいるって言ったのに全然、玲ちゃんに寄り添えなくてごめん。」
二人は涙でずぶ濡れになる。
雅ちゃんとももちゃんのように私達も抱擁を交わした。
そんな二人を太陽の光が優しく包み込んでいた。
担任の霧矢先生の声に、クラスの皆の元気な声が響き渡る。
明日から夏休みだと言うのに私と日那ちゃんの距離は離れたままだった。
夏休みに入ってしまったら、会う約束もしていない限り会わないだろう。
長く会わない分、きっと、次に会うときにはもっと距離が出来て、気まずくなっているだろう。
このまま三年間、日那ちゃんとこの距離のまま。
そう考えたら、嫌だった。
日那ちゃんとずっとこの気まずい関係のままで、卒業して会えなくなる。
友達じゃなくなる。
自分から離れておいて、都合のいい話だけど、前みたいに話したい。
染夜さん達と仲良くなる前みたいな距離に戻りたい。
最低だけど、そう思ってしまった。
高校で初めてできた友達で、私の味方になってくれた人。
私はやっぱり、日那ちゃんの事が大好きだった。
*
「玲ちゃん、夏休み誰かと遊ぶの?」
もう最近では当たり前になった龍君との帰り道。
駅までの長い道のりで、龍君がそう話題を振った。
「いや、誰とも遊ぶ約束してない。」
「南さんとは?遊ばないの?」
明るい声がワントーン低くなった気がした。
龍君には全て話したわけではない。
こんな自分の醜い感情を好きな人に伝えるのが嫌だった。
でも、何が原因かなんて分かっていないだろうけど何となく察してくれているようだった。
「本当は遊びたいけど、誘う勇気なくて。ほぼ私が悪い感じだから、申し訳ない。私といても楽しくないかも知れないし…。」
「そんなことないよ!」
龍君が真っ直ぐ見つめて言ってきた。
「俺は、玲ちゃんといて楽しいよ!一緒にいて楽しいとか、楽しくないとか決めるのは南さんじゃない?」
龍君は拗ねる子供をあやすかのように優しく続ける。
「玲ちゃんが、楽しいと思うことが大切だよ!それに、今は今しかないから。高一の夏休みも今しかないんだよ?楽しまないと損じゃん!」
龍君はそう言って微笑んだ。
駅に着いて、いつもの古びたベンチに腰を掛ける。
今日は終業式で学校が午前中までだったので、いつもの夕日の代わりに、太陽がギラギラと輝いていた。
「ふー。」
長い息を吐いて心を落ち着かせる。
スカートのポケットに入っているスマホを取り出し、日那ちゃんにメッセージを送ろうと電源をいれた時、
【一件のメッセージがあります。】
とロック画面に表示された。
日那ちゃんからだった。
慌てて、トーク画面を開く。
【玲ちゃん、夏休み遊ばない?】
すぐさま
【うん!遊びたい!】
と返信した。
その一分後に、既読の文字がつき返信が届いた。
【良かったー!断られるかと思ったから、安心した!】
【sunriseのライブのチケットが二枚取れたから一緒に見に行かない?】
そのメッセージのあと、日にちや場所など詳しい詳細が送られてきた。
sunriseとは七人組の女性アイドルグループで、私たちが仲良くなったのもsunriseが好きという共通点からだった。
sunriseのライブに行ける嬉しさと、日那ちゃんと遊べる嬉しさからすぐさま隣にいた龍君に報告した。
龍君は
「良かったね!」
と笑ったあと考える素振りをした。
「そういえば、俺の友達もsunrise好きって言ってたなー!」
「そうなの?」
龍君によると、その人はファンレターを書くほどの熱狂的なファンらしく、私と同じ月城 雅《つきしろ みやび》ちゃん推しなんだそう。
月城 雅ちゃんは、長くて黒いサラサラのロングヘアーとぱっちりとした可愛い目が印象的なアイドル。
でも性格は、そんな可愛い見た目とは裏腹にクールに見られがちだそうで本人曰く、誤解されやすい性格なんだとか。
立ち位置としては目立たない端の方で、テレビに映るのも他のメンバーよりは少ない。
さらにグループが変革期を迎えるなかで、シンメトリー。
つまり、アイドルでいう同じ立ち位置だったメンバーの朝日奈 もも《あさひな もも》ちゃんがセンターになったことにより、二人の人気には格差がついていき、絡みも少なくなっていた。
それでも、負けずに歌って踊っている姿を見て心を打たれて好きになった。
きっとその龍君の友達も、雅ちゃんのそういう姿に惹かれたんだろうな。
と勝手に妄想していると、
「ねぇ!」
と声がかかった。
「俺とも夏休み遊ぼう?」
龍君の誘いに私は満面の笑みで頷いた。
龍君とは夏の終わりごろに開催されている夏祭りに一緒に行くことになった。
こんなに嬉しくて良いのかと思うほど、私の心は幸せな気持ちでいっぱいになった。
そんな私を照らすように太陽が光り、輝いていた。
*
ライブ当日の朝。
いつもより早く目が覚める。
というか、緊張と楽しみで胸がドキドキして寝付けなかったのであまり眠ったという実感はない。
朝御飯を食べ昨日決めておいた、服に腕を通す。
薄くメイクをして髪も少し巻いてみた。
鏡にはいつもと違う自分がいて何だか魔法がかかっているんじゃないかと思うくらい可愛くできた。
時計を確認すると、日那ちゃんとの待ち合わせの時間まであと三十分だった。
お気に入りの靴を履いて、玄関の姿見でもう一度、自分をチェックする。
「よし。いい感じ!」
私はいつもより軽く感じるドアを開けて、待ち合わせ場所である駅まで歩いた。
あっという間に駅に着き、時刻を確認すると、待ち合わせ時間の10分前だった。
ドキドキが止まらない。
でもいつもの嫌なドキドキなんかじゃなくて、楽しみという気持ちと、日那ちゃんと久しぶりに二人であって話す緊張のドキドキだった。
「玲ちゃ~ん!」
高くて可愛い声が聞こえて振り向くと、ピンクのスカートを着た日那ちゃんがいた。
「見て!見て!ももちゃんカラーのスカート~!」
日那ちゃんは一回転して回って見せる。
ももちゃんとは、朝日奈 ももちゃんの事でグループのセンター。
明るい茶色の長い髪を緩く巻いているのが特徴的。
性格はふわふわしてて、おっとりしている。
私の推しである雅ちゃんとは正反対。
そして、雅ちゃんとはシンメトリーの関係だった。
日那ちゃんとももちゃんは、似ていると思うときがある。
誰からも愛される圧倒的ヒロイン。
その隣にいる私たちは脇役でヒロインを引き立てるのが役目なんだろうな。
雅ちゃんはももちゃんと比べられる立ち位置にいてどう思ったんだろう?
ふと思った。
いつの間にか来ていた電車に乗り会場に向かう。
会場付近に近づくと、ライブに行くファンの人で溢れかえっていた。
「すごい人だね!」
日那ちゃんが隣で驚きながら辺りを見渡す。
今日のライブはデビュー五周年を記念したライブで、いつもよりも会場は大きく大規模で行われていた。
長い列に並んで、何とか会場へ入る。
席はわりとステージに近い方だった。
女性アイドルグループということもあって、男性率が高い。
男女比は、男性が七割。女性が三割くらいだった。
今か、今かと皆がワクワクしている。
sunriseを呼ぶ声もだんだんと大きくなっていた。
ふと照明が落ち、オープニングの映像が流れ始める。
一気に沸きだす会場。
三・二・一のカウントダウンのあと音楽が流れ始めメンバー達が元気よく登場した。
大きな歓声とともに始まる一曲目。
隣にいる日那ちゃんも元気よくペンライトを振り
「ももちゃーーん!」
と叫んでいる。
かくいう私も、リズムにのってペンライトを振る。
自然と笑顔になる。
今までの辛い出来事や、苦しい出来事なんて忘れてしまうくらい熱中していた。
あっという間に何曲か歌い、ライブはトークコーナーに入った。
だいたいsunriseはこのコーナーにはいるとライブは折り返し地点に入る。
ファンの人たちもここで一旦、休憩を挟む。
椅子に座って楽しそうなトークに耳を傾けた。
トークを回すのはリーダーのかれんちゃん。
話題はデビュー五周年について。
それぞれ、「早いねー!」と言い合っている。
「やっぱり、私たちにとって一番大きかったのは、ももがセンターになったことじゃない?」
そう問いかけるかれんちゃん。
他のメンバーも頷いている。
話題の中心であるももちゃんは、微笑みながら
「そんなことないよ~!」
と言っている。
皆がももちゃんに視線をやるなか、私は横一列に並んだその一番左端にいる雅ちゃんに視線を向けた。
雅ちゃんはトークに混ざるわけでもなく、ニコニコ笑って頷いている。
何だか、日那ちゃんと離れる前の自分と重なった。
雅ちゃんは今どんな気持ちなんだろう?
同じ立ち位置から始まったはずなのに、ももちゃんはどんどん先に行ってしまって。
扱いが変わってしまって。
人気に格差が出てしまって。
同じグループにいるのにスポットライトが当たらなくて。
どんな気持ちでここまでやってきたんだろう?
そんな事を考えていたとき、かれんちゃんが全然話していない雅ちゃんに話題を振った。
「雅は、五周年を振り返ってみてどう?何が印象に残ってる?」
雅ちゃんはそれまで下に下げていたマイクを口元に持っていく。
「ももがセンターになったのも印象的だけど、私の中ではデビュー後の一発目のライブが印象に残ってるかな。」
「すごく緊張したけど、すごく楽しかったから!」
その発言に
「そうだね!」
と賛同するメンバー達。
雅ちゃんは安心したかのような笑顔を見せるとそっとマイクを下ろした。
*
ライブは終盤戦に差し掛かる。
それぞれ違う場所で踊って歌っていたメンバー達は最後の曲を歌い終えると、メインステージでまた横一列に並んだ。
いつものライブならここで一旦はけてアンコールに移るのだが今日は五周年を記念したライブということもあり、メンバーが一人一人挨拶をする時間が設けられていた。
順番にメンバー達が挨拶していく。
今までの思い出や、これからの抱負を語っていた。
挨拶しているメンバーのメンバーカラーに合わせて、ファンの人たちもペンライトの色を変えていく。
順番が雅ちゃんに回ってきた。
会場が水色の海に染まる。
「月城 雅です。今日はこの場を借りて今まで話してこなかったことを正直に伝えようと思います。」
その言葉に会場が一気にざわざわしだす。
メンバーも知らなかったようで雅ちゃんを不思議そうに見ていた。
「私は、ももとシンメのポジションで、デビュー当初からやってきました。当時は必死で、すごくもものこと意識して仲間だけどライバルみたいな関係でなんでも話せる親友でした。」
雅ちゃんは聞き取りやすい優しい声で続ける。
「でも、ももがセンターになってからは少し複雑になっていきました。自分よりも先を歩くももに正直、嫉妬してました。」
ももちゃんも心配そうに見つめる。
「ももが努力している姿は誰よりも知っていたけど、私も負けないくらい一生懸命やってるのにって思うときがあって。ももが前に立ってスポットライトを浴びてる度、いいなーって思っててその度に苦しくて、羨ましいって感情が出てきて辛くなるんです。」
雅ちゃんは今にも泣き出しそうだった。
ファンの
「頑張れーー!!」
という声が大きくなる。
それに応えるかのようにまた、前を向いて話しだした。
「でもそんなとき、一通のファンレターが届いたんです。そこにはこう書いてありました。」
『月は、太陽にはなれない。だけど月は夜空で一番輝く星です!たとえ今、輝けなくても、いつか輝ける日が必ず来ます。そして俺は、どんな雅ちゃんでも大好きです!』
雅ちゃんの目から一筋の涙がこぼれた。
「アンチが多かったときにこの言葉をもらってすごく、救われました。その日から比べても真似しても意味ないんだなって。自分は自分以外にはなれないから。いつか、私にも輝ける日が来るって。だからその日まで頑張ろうと思いました。」
そう言って会場を見渡したあと、ももちゃんを見て名前を呼んだ。
二人を前に出すメンバー達。
「今までごめんなさい。私が勝手に嫉妬して、時にはひどい態度をとって傷つけたこともあったと思う。ももは、心配してくれてたのに本当にごめん。」
ももちゃんは首を横に振っている。
「あの日からずっと言えなかったけど、センターおめでとう。そしてこれからもずっと大好きです。」
雅ちゃんの言葉に涙を流しながらももちゃんは抱擁を交わす。
周りからはズルズルと鼻をすする音が聞こえる。
皆、泣いていた。
私も日那ちゃんも涙でびしょびしょだった。
隣で涙を流す日那ちゃんを見て思う。
私も正直に伝えようと。
*
「ライブ、最高だったね~!」
会場からでたあともまだ余韻に浸っていた。
まだこの場に残っていたい気持ちを抑えながら駅へと向かう。
その道中、私たちの話題はライブの話で持ちきりだった。
一通り話終えたあと、少しの沈黙が生まれた。
「何か玲ちゃんとこうやって、二人で話ながら帰るの久しぶりだね!」
日那ちゃんが沈黙を破る。
伝えなければそう思った。
「日那ちゃん、ごめん!」
私は勢いよく頭を下げる。
歩く足が止まって、日那ちゃんは
「玲ちゃん?どうしたの!?」
と心配している声が聞こえる。
「私、日那ちゃんに嫉妬してたの。」
「…え?」
顔を上げると日那ちゃんの動揺している様子が目に入る。
「日那ちゃんと染夜さん達が仲良くなってから、グループになって。その中で日那ちゃんは馴染めてるのに私だけ馴染めなくて。皆から愛されてる日那ちゃんに嫉妬してたの。」
「…玲ちゃん。」
「日那ちゃんから離れたのは、日那ちゃんのそばにいると、自分がどんどん醜くなっていくのが辛かったから。」
「…」
「でもそのせいで、日那ちゃんを傷つけてしまった。だから本当にごめんなさい。」
私は何度も謝る。
止まっていた涙がまた出始めたとき、
「玲ちゃん、顔上げて。」
と日那ちゃんが優しく言う。
顔を上げると日那ちゃんは優しく微笑んだ。
「玲ちゃんのとった行動は間違ってないよ!自分を守れて優先できることはいいことだよ!私も気づけなくてごめん。そばにいるって言ったのに全然、玲ちゃんに寄り添えなくてごめん。」
二人は涙でずぶ濡れになる。
雅ちゃんとももちゃんのように私達も抱擁を交わした。
そんな二人を太陽の光が優しく包み込んでいた。