「ねぇ、ここの問題どうやって解くの?」

 「あっ、私もそこわからないー。」

 「ここは、この公式を使うんだよ!」

 「解けたー!さすが東君!」

 「だよね!教え方上手い!」

 雨宮さんと雲田さんが龍くんを挟むようにして座っている。

 その向かいに座る夕侑の隣を染夜さんが陣とっていて私の隣に座ろうとしていた日那ちゃんは

 「日那ここー!」

 と染夜さんが自分の隣の席を指差したことによってそちらへと行ってしまった。

 ここは学校の図書室。

 机や椅子も限られていて、最大で六人席しかない。

 残された私と海藤くんは皆が座る席の隣にある四人席に二人で向かい合うようにして座った。

 海藤 晴《かいどう はる》君は夕侑と同じサッカー部。

 エアコンの風で靡くマッシュの髪は、綺麗に整えてあり、私よりも女子力があるんじゃないかと思うくらいサラサラだった。

 体格も他の男子よりも小柄で変な威圧感などない。

 とても親しみやすい雰囲気だった。

 「西原さん、ここの問題わかる?」

 「ここはね、この文法を使うんだよ」

 「おぉー、本当だ!ありがとうー!西原さんて頭良いんだね!」

 「全然!文系が得意なだけで理数系はまったくできない!」

 「逆に俺、何故か理数系の方が得意なんだよ!どこかわからないところある?」

 「…ここ。」

 自分の手が止まっていた箇所を指差す。

 「あー。ここはこの数字を代入するんだよ!」

 「…解けた!」

 海藤くんはドヤ顔を見せながら頷いた。

 「ここは?」

 「その問題もさっきと考え方は同じで…」

 「晴ー!ちょっとこっち来い!」

 夕侑が海藤くんの名前を呼んだ。

 「はぁ?今、西原さんに教えてる途中なんですけどー!」

 「いいから、来い!ここわかんねぇんだよ!」

 「はぁ…。ごめん!ちょっと行ってくるね!」

 (駄目!行かないで…!)

 私の願いなんて届かず、海藤くんは夕侑達の元へと行ってしまった。

 今度こそ一人だ。

 今回は海藤くんも一緒にいるから大丈夫だと安心しきっていた。

 なのに海藤くんまであっちへ行ってしまった。

 私と皆がいる場所は狭い通路を挟んで隣にある。

 荷物なんか置いたら人が通れない。

 それくらい狭い通路。

 近いはずなのに遠い。

 まるでここだけ大きい溝があるかのように私は、私だけは渡ってそちら側へはいけなかった。

 皆がいる方をちらりと見ると、六人席に窮屈そうに七人がいる。

 それとは反対に、広い四人席にぽつんと私だけ一人。

 何だか惨めだった。

 同じ立場だと安心していた海藤くんも向こうへ行ってしまって。順番に私も行けるかもなんて淡い期待を滲ませながらも、その機会はないのだと皆の楽しそうな姿を見て落胆した。

 悲しい。辛い。帰りたい。

 端から見たら私が省かれているみたいだ。

 皆そんなつもりはないだろうけど、そういう考えにしかもう辿り着かない。

 それほどまでに、自分の中で限界が来ていた。

 日那ちゃんだってそばにいると言ってくれたのに、私の事なんてそっちのけで楽しそうにしている。

 ガラスに新しいヒビが入って衝撃が加わり、一気に私の心は粉々になった。

 こんなにも粉々になった心を戻すのはそう簡単ではない。

 きっとすごく時間がかかる。

 私もあの輪に自分から入れたら。

 「ここ、わからないから教えて。」ってそう言えたらこんな気持ちにならずに済んだのかな。

 でも、そんな勇気はとっくに失っていた。

 前にも、自分から染夜さん達に話しかけたことがあった。

 普通に話してはくれるがあきらかに日那ちゃんと話しているときのテンションとは違っていて。

 余計に傷ついた。

 だから、一歩を踏み出せない。

 この境界線を越えることなんてできない。

 そんな事を考えていたとき

 「玲ちゃん、わからないところある?」

 「…龍君。」

 向こうの輪から抜け出して龍君が私のところへと来てくれた。

 「…ここ、わかんなくて。」

 涙声だった。

 私が涙声になっていることなんて、気にも留めず龍君は丁寧に教えてくれた。

 「他にわからないところある?」

 「…ううん!もう大丈夫!ありがとう。」

 本当は他にもわからない問題がある。

 でも今はどうでもよかった。

 早く、この場から逃げ出したい。

 「龍君、ごめんね!もう私帰らないと。」

 床に置いていた鞄を手に取り、広げていたノートや筆記用具を雑にしまっていく。

 その様子を龍君は何とも言えない表情で見ていた。

 私が帰る支度をしていることに気づいた染夜さんが

 「西原さん、帰るの?またね。」

 と言ったことによって、それに気づいた他の人たちも

 「じゃーね!」

 と口を揃えて見送ってくれた。

 私は返事を返して、足早にその場を後にした。

 きっと皆、悪い人ではない。

 本当に興味なかったり省こうとしているとしたらこうやって見送ってくれたりせずに無視すると思う。

 中学の時みたいに。

 だけど、そう思っていても他人になんて期待しちゃいけない。

 期待してもどうせ意味はないし、期待を裏切られたときの悲しみは大きい。

 だから、期待したら駄目だ。

 今日だって日那ちゃんに期待してしまった。

 そばにいると言ってくれた日那ちゃんに淡い期待を抱いてしまっていた。

 でも、日那ちゃんは私のそばにはいてくれなかった。

 染夜さん達と楽しそうに勉強していた。

 自分でどうにかしなきゃって。すがっちゃ駄目だって。

 わかっているのに。

 いつもは駅に着くまで我慢できる。

 それなのに今日は、溢れ出てくる涙を抑えることができなかった。

 街中ですれ違う人に見られないように必死で顔を隠す。

 それでも、見てくる人は大勢いた。

 (…やめてよ。そんな目で見ないでよ。)

 可哀想。

 そう思われているのだろうか?

 心配そうに見てくる人もいれば、好奇な目で見てくる人もいる。

 私はただただ、下を向いて歩くことしか出来なかった。