あれは死人の花だよ。

 よく晴れた昼下がり、庭に咲いている花を眺めながら、いつものように縁台に腰かけていたおばあちゃんが、そう呟くのを聞いた。隣にいて、お気に入りだったオレンジのサンダル履きをぶらぶらさせていたわたしが、あれはなあに? と指さした花だった。

 おばあちゃんの庭は、隣の畑と薄い木の板一枚で仕切られていた。その塀のふちに、きちんと並んで咲いているほかの花たちから離れて、隅のほうにいたその花は、細長い花びらが何枚か剥いだように外側へのけぞり、真ん中から虫の触手のようなものが数本長く突出している、赤くてきれいな花だった。

 はじめ目にしたときは、夏の暑い夜、この庭でやった花火を思い出した。細長い棒の形をした花火に、お母さんが火をつけたら、ぱあっと火花が噴きだした。絵本で見た流星のようにきらきらとひかって、とてもまぶしかった。あの花火が咲いたみたいと思った。

 けれど、眺めているうちに、だんだんと気味が悪くなった。きれいな花火が、前にテレビで見た食虫植物に変わってしまった。自分もその触手に捕まって、小さな虫のようにぱくっと喰われてしまうんじゃないかと思った。


 ……いままで芽がでなかったのに、今年は咲いたねえ……


 その年、おばあちゃんは死んだ。

 病気だったのよとお母さんは教えてくれたけど、わたしは違うと思った。おばあちゃんはあの花に喰われてしまったのだ。

 それから何年かして、家の小さな庭にその花が咲いた。

 きれいでしょうと、庭いじりの好きなお母さんが喜ぶかたわらで、わたしは緊張した。おばあちゃんが言った死人の花が、わたしの目の前で咲いている。あの時と同じ真っ赤な色をして。

 喰われてしまう。わたしは直感した。近づいたりしたら、たちどころに襲われてしまう。


 ――あの花のそばへいってはだめ。


 家族にそう訴えた。みんなわたしの剣幕に驚いていた。でもわたしは真剣だった。

 それ以来、花のことで頭がいっぱいになった。勉強にも集中できなくなり、クラブも二の次になった。学校が終わるとすぐに家へ帰り、花を見張った。休日もそうだったから、ほかの花の世話ができないとお母さんはこぼしたけれど、耳を貸さなかった。

 花はずっと咲きつづけた。わたしは必死なのに、それを嘲笑うかのように、深紅の花びらを見せつけた。

 そして、それは突然起きた。

 日曜日の朝、激しい物音がした。庭を見つめていたわたしの目に飛び込んできたのは、大型トラックだった。庭は道路沿いに面している。コンクリートの塀を壊して突っ込んできたのだ。でも不思議なことに、運転手も家も無事だった。

 危なかったわねえ。お母さんが目をまるくしながら言った。花の手入れをしていたら、今頃トラックの下敷きになってたわ――

 わたしはぼんやりと赤い花に目をやった。ほかの花が車体につぶされているなかで、その花は難を逃れていた。トラックのすぐそばで、ひっそりとたたずんでいた。

 次の日、花は枯れていた。