第7話

「こいつは……」
 森の奥に向かうにしたがって焼け残った木々が見え始める。焦げ臭さと、煙。しかし人の声は聞こえない。まるで山火事のあとのような光景だ。辺り一面が焼け焦げている。

「なんですか、これ?」
 トビーが口に手を当て、言った。
「さっきの爆音か」
 燃え残った木の根を見ながら、シュリ。

「……あいつか」
 ギリ、と唇を噛み締め、アシル。

「シュリさん、あれ!」
 リリーナが指した先には、幾人かが折り重なるようにして木々に凭れている。走り寄ると、シュリが首を振った。
「そんな……」

 ドラゴンが出たのだ。
 そしてこの場で戦闘があったのだろう。しかしこれは……、

「どういうことかわかるか?」
 シュリがアシルに訊ねる。アシルは一瞬眉間に皺を寄せたが、諦めたように息を吐き出すと、答えた。
「ドラゴンってのは自然界に生きる生物だ。縄張りを荒らされれば怒るし、攻撃的にもなるだろう。だが、この状況を見るに……これは獣のする行動じゃないように思う」

「え? どういう意味です?」
 聞き返すトビーに、説明する。
「討伐隊はバラバラといくつかのグループに分かれて山へ入っている。森で魔獣を狩りながら奥へ進んで行ったはずだ。だから先頭から順番にドラゴンと対峙するはず……だろ?」
「ええ、」
「しかし俺たちが爆音を聞いたのは一度だけだ。そして、ここには死体しかない」
 もしくは、死体すら、残されていない。

「一度だけの攻撃で全員を仕留めたってことですかっ?」
 リリーナが声を荒げる。
「あれだけの人間を一所に集める、なんて芸当がドラゴンに出来るのかって話だよなぁ」
 シュリが考え込む。

 人間たちを誘い込み、集まったところを攻撃する。とても効率的な方法だ。だが、そんなことが出来るわけがない。相手は動物なのだから。
 となると……やはり、

「あ、あそこ!」
 トビーが森の奥を指し、言う。目を向けると、数人がこちらに向かって歩いてくる。
「あれって……、」
 リリーナが口をへの字に曲げた。ブライたちだ。

「おい、ブライ、なにがあったっ?」
 ブライは頭から血を流し、アルジムは腕を押さえ、ユーフィの髪は乱れ、ライモンは震えて真っ青な顔をしている。シュリを見るや否や、ブライが目を吊り上げた。
「お前ら、なにしてるんだっ! こんなところにいたら殺されるぞ!」
「リリーナ、ポーション分けてやれ」
 シュリにそう言われ、リリーナが慌てて鞄からポーションを出す。ブライたちの傷が少しだけ癒える。

「あとの連中は?」
 アシルが詰め寄ると、ブライはふっと視線を外し、声を震わせた。
「わかんねぇ。森の中ではバラけて行動してたはずなのに、いつの間にかみんなが一か所に集まっててよぉ、俺たちはなんかおかしいと思ってその場を離れたんだ。その先に大きな岩があって、そこから様子伺ってたら……真っ赤なドラゴンが現れて火球を吐いた。たった一度だ。そのたった一度の火球で、一瞬にして……」

 やはり爆音は一度きり。
 そしてその一度で、この結果ということだ。

「他に何か見たか?」
 シュリが問う。
「他に?」
「ああ、ドラゴン以外に何かいなかったか?」
「ドラゴン以外……さぁ?」
 首を傾げ、ブライがアルジムを見た。しかしアルジムも首を振る。
「私も何も見てない」
 ユーフィが答える。そして……、

「人がっ、」
 最後に口を開いたのはシュリの代わりにパーティーに加入した、新参者のライモンである。体を震わせながら、シュリを見る。

「ドラゴンが出現した時、人がっ、い、いましたっ」
「人? 討伐隊の人じゃなく?」
 リリーナが口を挟む。
「い、一瞬だけ……でしたが、ドラゴンの陰に法衣を纏った、ひ、人影がっ」
 シュリの肩がピクリと震える。
「どういうことだ?」
 アシルが呟く。

「んで、ドラゴンはどこへ?」
 シュリがブライにそう聞くと、ブライはふるふると首を振り答える。
「わからねぇ。ドラゴンが現れて火球を一発吐いて、一瞬で辺りが真っ赤になって爆風が俺たちを襲った。ユーフィがシールドを張ったのに爆風はそれを突き抜けて来やがった。次に目を開けた時にゃ、この状態だ」
「ドラゴンの姿は跡形もなく、か」
 頭の中で考える。そして、息を吐き出すと、

「アシル、あんたがドラゴンと対峙した時にも誰かいたか?」
 と訊ねた。
「え? ドラゴンと対峙って……アシルさんが?」
 トビーが目を丸くした。
 アシルは肩を下げると、皆の顔を見ながら話し始める。

「俺はな、近衛師団のあと依頼を受けドラゴン退治を請け負った民間の部隊に所属してたんだよ」
「そうだったのですかっ?」
 リリーナが驚く。
「なんでそれをお前が知ってるのかは疑問なんだが、今はそんなことを言ってる場合じゃなさそうだな」
 そう、前置きをする。

「俺たちの部隊はもっと北の方でドラゴンと対峙した。行きも帰りも上級魔導士の魔法陣だったから正確な場所はわからん。飛ばされた先に、ヤツはいた。まるで俺たちを待ってるみたいだったな」

 当時を思い出す。今考えてみれば、どうにも腑に落ちない点が多いことに気付く。
(あの上級魔導士は近衛師団の人間だったか? それとも……)
 雇われていただけの身である。実際どういう形で依頼を受けたのか、どうして魔導士はあの場所にドラゴンがいるとわかったのか。

 あの一件でアシルは仲間を失い、仕事も自信も、何もかもをなくした。いわば今回の討伐は復讐である。が、現状を見るに、直接対決したとて同じように仲間を失うだけなのではないかと思えてくる。

「今になって思えば疑問なんだが、俺たちの部隊に上級魔導士が派遣されてきていた。俺は勝手に近衛師団の人間だと思い込んでいたが、あれは誰だったのか……」
「上級魔導士?」
 シュリが聞き返す。
「転移魔法……それも数名を一度に移動させるほどの魔導士は国のお抱えレベルじゃないと存在しない……ってことだな」
 ブライが口を挟む。
「それに、ドラゴンがいるまさにその場所にポンと移動した。結果的に撤収する時もそいつが……?」

 思い出せない。

 大怪我を負った仲間たち。行きは確かに魔法陣だったが、その後は……?

 ――捨て置かれた?
 瀕死の仲間が散り散りになったのは、組織が壊滅したのは……、
 アシルが頭を抱える。
 記憶が、曖昧だった。

 目の前の赤いドラゴン。繰り出される仲間の攻撃が効かず、追い詰められてゆく恐怖と焦り。笑った顔……、

「誰かが……笑ってた」
 ポツリ、口をついた言葉。
「笑ってた? そんな状況でですか?」
 トビーが言う。
「……ああ、確かに誰かが……あれは、誰だった?」
 頭を抱えるアシル。全員が固唾を呑んで次の言葉を待つ中、沈黙が破られる。

 クルルルルァ~

 ドラゴンの嘶きが聞こえたのだ。