第4話

「やっと名前呼んでくれたなぁ」
 シュリの返しにアシルが声を荒げる。
「そんなこと言ってる場合じゃっ、」
「問題ない。リリーナ、あいつを足止めしてくれ!」
 突然の指名に、リリーナが目を丸くする。
「ええっ? あんな大きな獣、私の魔法じゃ」
「大丈夫だ、俺が手伝う。足元を狙え!」
 そう言ってシュリがリリーナの後ろに立つ。リリーナは手にした杖を掲げ、
「フリーズ!」
 と叫んだ。叫ぶ瞬間、すぐ後ろでシュリがリリーナに何かを耳打ちした。と、放たれた魔法が増幅しニードルベアの足元に直撃する。

「な……に、これ」
 その足元はガッチリと氷で覆われ、ニードルベアの動きを完全に止めたのである。

「アシル、テイムだ!」
「はっ?」
 トビーは驚いてシュリを見る。相手はとんでもない大きさの巨大熊。こんなに大きな獣をテイムするなど……、

「汝の名はジャニ。我がアシル・バーンの名において汝をテイムする!」

 よく通る声でアシルがそう口にし、宝玉を掲げる。宝玉はテイマーの持つ道具の一つであり、ここに魔獣や獣をテイムするのだ。そして獣は、呼ばれた名を受け入れることでテイムされる。だが、強い獣になればなるほど、捕まえるのは容易でなくなる。相手を格上と認めなければテイムされることはないのだ。

 グアァァオォォウ

 ニードルベアが大きく唸り声を上げる。アシルを一睨みし、そして……軍門に下った。ピカリ、とその姿が光となり、宝玉に吸い込まれてゆく。

「嘘……テイムしたっ?」
 リリーナが口元に手を当てる。
「すごい……」
 トビーも口をあんぐりと開けていた。
「さすがだな、アシル」
 シュリは満足そうだった。
「……シュリ、お前、」
 アシルが難しい顔で何かを言おうとし、そのまま口を噤む。

「シュリさんすごい! さっき私に何したんですかっ? 私の魔法、威力がいつもより何倍も大きくなりましたっ。吟遊詩人ってすごいんですね!」
 一気に捲し立てる。
「それにアシルさんもすごい! あんな大きなニードルベアを一瞬でテイムしちゃうだなんてっ。私、テイムするとこ見るのって今日が初めてなんですけど、ヴァングのときといい、さっきといい、もう、感動です!」
 大分、興奮しているようだ。

「だろ? 俺、結構すごいだろ? な! トビーもそう思ったろ?」
 シュリが嬉しそうにそう口にしながらトビーの背を叩く。
「あ、はい。驚きました……」
「な! 俺、なかなかいい仕事するんだって! アシルもすげぇな。さすが伝説の、」
「その話はもういい!」
 ぴしっ、とその場に緊張の糸が張り詰める。アシルは不機嫌そうに顔を歪め、
「続きは明日だ。今日は解散しよう」
 そう言い残し、ヴァングを連れ一人で行ってしまった。

「……なにか、気に障ったのでしょうか?」
 リリーナが心配そうにその後ろ姿を見送る。トビーもまた、
「大丈夫かな、アシルさん」
 と口にした。
「大丈夫だろ、いい大人なんだから」
 シュリは気にしていないようだ。

「それより腹減ったよな。飯、食いに行こうぜ!」
 そう言ってずんずん町の方へと歩いていくのだった。

*****

 ドラゴン討伐。

 数カ月前、山向こうの森で大きな騒ぎが起きた。この辺りには生息しないはずのドラゴンが暴れているというのだ。そのせいで森にいた魔獣や獣たちがその地を追い出され、山から町の近くまで下りてきてしまった。このままでは町が危険にさらされると、慌てて王宮が動き、ドラゴンに懸賞金をかけたのだった。無謀な賭けだ。

「んで、お前らはなんで金が要るんだよ?」
 目の前の肉にかぶりつきながらシュリが言う。既に口いっぱい肉を頬張って喋れないトビーの代わりに、リリーナが答える。

「私たちの村……ウナはとても小さな村です。貧しいながらも平和に暮らしていたのですが……領主さまが代替わりして、急に貢納金の値上げを言い渡されたのです。それがとても払えるような額ではなく、収められないのなら村を出て行けと……」
「ウナ……? ああ、オリヴ家か。もしかしてダレンが今の領主か?」
「御存じなのですかっ?」
 肉を飲み込んだトビーが口を開いた。
「知ってるってぇか、まぁ、知識としてな」

 吟遊詩人は情報屋。

 トビーはそう言われていることを思い出した。国の外れにある小さな村の領主まで知っているのはすごいことだ。
 リリーナもまた、さっきの戦いでのことを思い返していた。あの時、シュリはリリーナが魔法を繰り出すタイミングでなにかを囁いた。あの一言で、今まで経験したことのないほどの力が引き出されたのだ。あの感覚は忘れられない。

「んで、賞金をその貢納金に当てようってことか」
「はい」
「ん~」
 シュリが腕を組み、目を閉じる。
「なん……ですか?」
 リリーナが身を乗り出す。
「いや、それって解決にならないよなぁ、と思ってよぉ」
「え?」

「だって、考えてもみろよ。一度金を渡しちまえば、また寄越せって言ってくるんじゃねぇのか?」
「あ、」
「それは……」
 二人が視線を落とす。

「あのボンクラ息子、ろくに仕事もしないで金だけ集めようって魂胆なんだろうな」
 シュリが吐き捨てるようにそう言うと、トビーがすかさず
「やはりご存じなんですね?」
 と訊ねる。
「噂程度にな」
 適当に誤魔化すシュリ。

「……どうすればいいんだろう」
 ぽつり、とリリーナが口にすると、シュリがグラスに入った酒を一気に煽る。
「そんなの、国王謁見の際に陳情すればいいだろ。それがダメなら領主をやっちまうか、村を出るか」
「そんなっ」
「トビー、世の中ってのはな、優しくはないんだ。金と力を持つ者だけが威張り散らして好き放題暮らせる。弱い者はただ潰されるだけなんだぜ」
「そんな……」
 トビーが眉根を寄せた。

「シュリさんは、私たちがドラゴン討伐を成し遂げられるって本気で思ってますか?」
 真剣な顔でリリーナがそう訊ねる。
「そうだなぁ……」
 シュリはカリカリと頭を掻き、
「アシルが本気出すこと。お前たち二人がランクAまでレベルを上げること。これが出来れば可能かもしれないな」
「ランク……、」
「Aって……」
 トビーとリリーナが肩を落とした。が、ハッと気づいたようにシュリを見る。
「シュリさんのスキル!」
「あん?」
「シュリさんのスキルで私とトビーを押し上げてくれたらもしかしてっ」

 あの時の自分がどのくらいのレベルになっていたかはわからないが、自分ではとんでもない力を発揮できたと思っている。Aランク程度ならシュリのスキルをもってすればあるいは、と思ったのだが……、

「誤解すんな。Aランクのお前たちを俺が押し上げてSに持って行く、って意味だ」
「ああ、そっちか……」

 とんでもなく遠い道のりに思え、肩を落とすトビーとリリーナだった。