第10話

『光の加護!』
 シュリがそう言うと同時に、強力なシールドが張られ見えない刃が跳ね返される。

「どこまでも邪魔をする気か、イディー!」
「……どうあっても考え直す気はないんだな、マフィティス」
 声を落とし、シュリが訊ねる。
 それはシュリにとって質問というより、懇願に近いものだ。だがマフィティスは口の端を少しだけ上げ、再び両手を前に突き出した。

「チッ」
 シュリは舌打ちをすると、目を閉じ、手を合わせる。

『古より伝わりし伝説の文言をここに改めて示そう。我の名はシュリ・マクシス。海より来る王の怒りと、空より来たる天の使いの慈しみと、地より来たる女王の力を今ひとつにし、我の力となさんことを――』

『絶類なる迫撃!』

 マフィティスから放たれた光の束が幾重にも別れシュリへと向かう。シュリは目を閉じたまま微動だにしない。

「シュリさん!」
「シュリ!」
 リリーナとアシルが叫ぶ。光の束がシュリを覆い尽くし、大きく膨らみ始める。
「おいおい、ヤバいぞこれはっ」
 トビーが前に出ようとするのをブライが押さえつけ後ずさる。
「シュリさん!」
 トビーが叫ぶと同時に、爆音と共に光の柱が空へと突き抜ける。

「……そんな、」
 リリーナがその場に膝を突く。
 土煙が風に流されてゆく。

「……いや、まだだ!」
 アシルが叫ぶ。
 そこには、さっきと同じポーズのままシュリが立っていた。

「まさかっ」
 今度はマフィティスが声を上げた。
「そんなはずはっ」

『ディケォスィーミ!』

 シュリがそう言うと同時に、天が光り、ドン! と大地が揺れた。そしてマフィティスが、ゆっくりと膝を突き、倒れたのである。

「な……何故だっ」
 口から一筋の血を流しシュリを睨み付けるマフィティス。シュリはそんなマフィティスを見下ろしながら、言った。

「あんたが面白おかしく好き放題やってる時に、俺はあんたを超えたんだよ。努力ってのはなぁ、やりゃあそこそこ報われるんだ。覚えとけっ!」
 ドスの効いた声でそう言い放つと、マフィティスに向け右手をかざす。

頸木(くびき)

「ぐっ」
 マフィティスが苦悶の表情を浮かべる。

「さぁて、これで自由は奪われた。お前が手を組んだどうしようもない小国ってのは、どこだ? 吐いてもらおうか」
 ニヤニヤしながら迫る。が、マフィティスは口を一文字に結んだまま何も答えない。
「……強情なやつだぜ」
 ポリポリと頭を掻き、ゆったりとした声で、
『開示』
 と口にする。
「あ……あ、」
 固く閉じられていた口がこじ開けられる。

「ど・こ・だ?」
「デ……リア」
 かすれた声でそう口にする。

「なるほどねぇ、北か」
 一連の出来事を、ただ口をあんぐりと開けて見ていたブライが問い正す。

「おい! これはどういうことなんだ、シュリ! なんでお前が魔導士でっ、そのっ、本当に中央の人間なのかっ?」
 わなわなと肩を震わせる。
「あー……、まぁ、そう」
 バツが悪そうに誤魔化すシュリ。
「うっそでしょ……、」
 信じられない、とばかりユーフィが呟く。

「なんで中央の人間が吟遊詩人なんかやってるんですかっ」
 青白い顔でライモンが訊ねた。彼は魔導士だ。中央のこともある程度は詳しいはず。そして詳しい人間であればあるほど、目の前の出来事がどれほどのことか、嫌というほどわかってしまう。そもそも魔導士は魔導以外の能力を習得することは基本出来ないはずなのだ。理論上、の話だが。

「まぁ、色々あってな。吟遊詩人のスキルは魔導士にとってプラス要素が大きい。アドリブも効くし」
 無茶な話である。

「……あの、中央ってなんですか?」
 リリーナがアシルの服の裾を摘んで小さい声で訊ねた。
「ああ、お前らは知らないんだな」
 無理もない。普通に生きていたら中央魔導協会などと関わることはおろか、耳にすることもないだろう。ある一定のレベルを超すまでは耳にすることもない集団だ。

「悪いが、俺はこいつを中央に届けてこなきゃならん。アシル、城に行ったら今日のことを国王に報告してくれ。頼めるか?」
「え? あ、ああ」
「ブライ、賞金はちゃんと全員分せしめろよ? びた一文、まけるな!」
「へ? ……あ、おぅ」
 間抜けな声で、答える。

「トビー、リリーナ」
「はいっ」
「あ、はい!」
「村のこと、ちゃんと国王に報告しろよ。……まぁ、ドラゴン倒した英雄が村を追い出されるようなことにはならんと思うが」
「シュリさん、お城に来ないんですかっ?」
 リリーナが寂しそうに言うと、シュリは笑って返す。
「俺はまだ仕事が残ってるからなぁ」
「仕事って、その人を連れて行くだけじゃなく?」
 トビーが、項垂れてもはや覇気の欠片もなくなったマフィティスを見る。

「護送はすぐ終わるけど、後始末がある」
 聞き出した情報をもとに、北に向かいデリア側からの証拠を集めなければならない。
「個人相手なら好きに出来るが、国相手だと何かと面倒なんだよなぁ」
 心底嫌そうな顔で、言う。

「シュリ……いや、イディー、なのか? お前はレゴールの、」
 アシルの言葉を攫って、答える。

「俺は中央魔導協会本部レゴールの、密偵だ」

 そう言うと全員の顔を見、
「縁があれば、またどこかで」
 そう言って片目を瞑る。そして、

方途(ほうと)
 シュリの言葉に反応し、皆のいる辺りの足元に巨大な魔法陣が現れる。
「シュリさん!」
「絶対ですよ、また!」
「シュリ!」
 皆の声が光に包まれ、消えた。
 誰もいなくなった空間を見つめ、息を吐き出す。

「あ~あ、行っちまったなぁ」
 いつも、独りだ。
 もう慣れた。
 しかし、時にこうして誰かと一緒にいることがあるとやはり楽しい。長くは続かない関係だとしても、必ずそこにはなにかしらの感情がある。笑い、怒り、時に感動する。人と繋がるというのは、とても大切なことだと、改めて感じるのだ。
「この俺が……お前ごときに負けるとはっ」
 小さな声で負け惜しみを口にするマフィティスの頭を一発叩く。
「黙れ、裏切り者」
 そして首根っこを掴むと、

方途(ほうと)
 と唱えると、足元に魔法陣が現れた。

「あんたを負かしたんだから、これで俺が中央で一番強いってことになるよな。あ~、めでたいめでたい」
 ハハハ、と笑いながら、光に包まれる。

 ヒュルン、と光が消えた。
 あとには、誰もいない。


 こうしてドラゴンは討伐され、アルゴンには平和が戻った。その後、北の小国デリアで内乱が起き、国王が追放されたらしいという噂が流れた。

 口男の異名を持つ吟遊詩人は、今もどこかで言葉を操っているのだろう。
 厄介な相手を前に――。

~FIN~