「はー、一生分泣いた……デトックスって感じ……」
「すっきりされたみたいで何よりです。最後はわたしたち、ずっと泣いてましたもんねぇ」
「薬盛った元凶のくせして、夜永さんちょっと困り顔してたもんね……」
「ふふっ」

 一晩中泣き明かしたあと、ようやく落ち着いたわたしは店の出口へと向かう。
 夜永さんと黒猫は短い針がてっぺん過ぎる頃には店の奥へと引っ込んでしまい、後半は本当にこよるちゃんとの女子会だった。
 お酒がなくてもこんなにもたくさん誰かと話せるなんて、そんな当たり前のことさえ久しく忘れていた。

「……というか、こよるちゃん、あんなに泣いてそんな顔面保てるの凄すぎない?」
「……?」
「この世は不平等……ひめ軽率に病む……」
「えっ!?」

 こよるちゃんは目が赤くなっているくらいで、可愛らしいまま。わたしの泣き腫らした顔は、メイクを直したものの誤魔化せない。可愛く見られたい人も居ないし、もう帰るだけだからいいけれど。
 時間を確認しようとスマホを見ると、一件のメッセージが届いていた。

「あ、ネオンちゃんからメッセージ来てる……次のアイバンの予定、断らないとなぁ……」
「お友達さんですか?」
「……うん、そう思ってたけど……どうなんだろう。こんなひめにも優しくしてくれる、いい子なんだけど……」

 思えばネオンちゃんとは、こんな風に腹を割って話したことはなかった気がする。それどころか、お互い本名も年齢も何もかも知らない。聞いたとして、それが本当かもわからないのだ。

 お互いホストを通じての縁だったから、きっと、ホスト通いを辞めてしまえばもう縁も切れてしまうのだろう。寂しいけれど、そういう世界なのだから、仕方ないと割り切るしかなかった。リュウセイくんにだって、わたしがお金を積まなくなれば会えなくなる。

 はじめからの見え透いた嘘に傷付くのも当然だ、わたしの世界には嘘で固められたものしかなかったのだから。それがわたしの世界のすべてだったのだから。

 そこにしか居場所がないと必死にしがみついていたけれど、散々自分の本心と向き合って弱音を吐き散らかすと、そんな稀薄な縁に死ぬ気で縋る自分がいっそ馬鹿らしく思えた。

「……ネオンさん、でしたっけ。わたしとお話しできたように、その方とも一度、ちゃんと向き合ってみるといいかもですね」
「うん……ありがとう、こよるちゃん。あのね……こんなに誰かと繋がれた気がするの、わたし、初めて」
「それはよかったです。ヒメミさんは素敵な方ですから、これからたくさん、本物の素敵なご縁に恵まれますよ」
「えへへ、そうかなぁ……?」
「ええ! あ、もし心配でしたら『シンデレラドロップ』を処方しますか?」
「……シンデレラ、ドロップ?」

 突然飛び出してきたわたしが自分を重ねていたお姫様の名前に、思わず反応してしまう。
 出口まで見送りに来ていたこよるちゃんは、すぐに店の中に戻り壁沿いの商品棚に手を伸ばす。そして、手のひらサイズのひとつの小さな瓶を持ってきた。

「こちらです!」
「わあ、可愛い……これも薬なの?」
「はい。こちらはなんと、零時ぴったりに口に入れると新しい恋を引き寄せるお薬なんですよ!」

 ガラスの靴の形が表面に彫られた、色とりどりの小さなまぁるいドロップキャンディ。おまじないのような魔法の予感に、新しい恋をするのも悪くないかもしれないと思った。
 けれどもう、わたしが欲しいのは、魔法の恋ではないのだ。

「……とっても魅力的だけど、やめておく。わたし……いつかまたする恋は、今度こそ本物がいいから」
「そうですか……ふふ、かしこまりました。ヒメミさんなら、きっと素敵な恋が出来ます」
「ありがとう! ……それじゃ、そろそろ行くね」
「はい。ご来店ありがとうございました。あなたがもう、孤独な夜に迷われませんように……」

 カランと響くベルの音、外に一歩踏み出せば、朝を迎えた街並みはいつもより明るく見える。
 あんなにも終わりを迎えるのが怖かった夜の魔法は解けて、思いの外身軽になった心に気付く。

 わたしの一世一代の恋だと思っていたそれは、痛みと共に終わってしまったけれど。それも認めてしまっても、幸せだったあの時間は確かに存在していて、消えることはなかった。

「……さよなら、ピンクのシンデレラ」

 彼が褒めてくれたピンクのリボンも、ピンクのネイルも、ピンクのインナーカラーも、もうおしまい。飾り立てた偽物の世界から脱け出して、これからは、わたしだけの色を見つけていく。
 誰かに縋るんじゃない。誰かに自分の存在価値を委ねるんじゃない。まずは、自分で自分を愛してみよう。
 そして自分の居場所は、くらげのように流されるのではなく、そこにしかないと盲目にならず、きちんと自分で決めるのだ。

「……よしっ!」

 心の奥にぽっかりと空いた穴は、しばらく塞がることはないだろう。
 それでもわたしは、新しい自分の始まりに、少しだけわくわくした。