「さて、そろそろ朝だ……俺はまた旅に出るよ」
「そっか……。あ、薬、何個か持って行くかい?」
「あ、俺あれがいいな。シンデレラドロップだっけ、恋が見つかるーってやつ」
「……却下」
「えー!? なんで!?」
「……一気に百錠くらい飲んで、どこぞの国でハーレムでも作りそうだから」
「あ、それいいね! ……じゃなくて、俺めちゃくちゃ一途だから!」
「……でも、以前いらした時、わたしを世界一かわいいと褒められた数分後に、若い女性のお客様と鉢合わせて同じ台詞を吐いてましたよね?」
「そ、それは……いや、ねぇ? 女の子は褒めるのが礼儀みたいなところあるし……」
「……満場一致で信用ないみたいだね?」
「そんなぁ……っ!」
大きなトランクの中身はほとんどマスターが買い入れたようで、ずいぶんと軽そうなそれをぶんぶんと振り回して拗ねるスバルさんは、少し子供っぽくも見える。
結局人騒がせだった小鳥は、今は店の片隅でインテリアだった鳥籠の中で大人しくしている。
せっかく残滓とはいえ今は生きているのだから、天寿を全うさせてから願いを叶えて欲しいというのがマスターさんの意見だった。
「……あ、そーだ。ネコちゃん、これあげるよ」
「えっ、なに?」
「俺の大好きな店の一員になった、お祝い」
スバルさんはしゃがみ込んで、ぼくの首に巻かれた白いリボンの結び目に、何かを付けた。
「おや、良いね。似合ってるよ」
「可愛らしいです! ふふ、わたしとお揃いですね」
「お揃い……?」
二人に褒められて気になったぼくは、ショーケースに飛び乗って壁掛けの鏡に自分の姿を映す。
リボンの真ん中に揺れる、水色の雨の雫のような形の小さな飾り。それはコヨルさんが付けているネックレスに似ていた。
こよるさんのそれも彼からの従業員祝いのようで、スバルさんはうんうんと頷いている。
「……よし、贈り物も済んだし、俺は行くよ。また会おうね、夜永くん。こよるちゃんにネコちゃんも」
「……気を付けて。迷子にならないようにね」
「次はちゃんと入口から来てくださいね!」
「キラキラ……ありがとう!」
「ははっ、それじゃあ……また、いつかの雨の夜に」
ぼくたちの声を聞いて満足そうに笑みを浮かべたスバルさんは、ふわりと黒いローブを翻して、夜と共に溶けてしまったように忽然と姿を消した。
窓の外はいつの間にか雨も止んでいて、差し込む昇りたての朝日がショーウィンドウに付いた雨粒に反射して、いつもより眩しい。
「やれやれ、まったく彼は神出鬼没だね……」
「本当ですねぇ……嵐のような人でした」
「でも……また会いたいな」
月も星も見えない、暗闇に閉ざされた雨の夜にだけ気まぐれに現れるという、不思議な商人。
冬はすぐに雨が雪に変わってしまうから、次に会えるのはいつになるだろう。
冬が終わったその先も、またこの店で、あの奇妙な客人を迎えられることを願って、ぼくはお気に入りのソファーで丸くなり、心地好い眠気に微睡むのだった。