実稲(みいね)がいたはずのベッドからは、彼女のぬくもりも、シーツのシワも、涙の痕も、何もかもが消えていた。

まるで、最初から存在しなかったかのように。

急に、部屋の電気が消えて、電球が割れた。

「きゃっ!」

思わず叫びながら、頭を抱える。

…その必要はなかったけれど。

電球の欠片は、私をすり抜けて床に落ちると、ガシャンと大きな音を立てた。

慌てて外へ出ると、あったはずの亜輝(あかぐ)と書かれた表札が消えていた。

それだけではない。

備え付けではない家具ーー洗濯機、冷蔵庫、本棚、百合のレコード。

全てが透明になり始めた。

実稲がいた痕跡が、消えていく。

必死に触ろうとしても、その手はただ空を切るだけ。

どうすることもできず、諦めた私はただぼーっとそれを見ていた。

すべてが消えて、ただの質素な部屋に戻った後。

私はあることを思い出した。

そうだ、私の部屋は!?

私の部屋も、ああなってるのかも…。

一抹の不安とともに、私は部屋を飛び出した。

実稲は3階、私は15階。

アパートの吹き抜けをぐんぐんと登っていく。

私がいたはずの部屋。

表札はーーなかった。

「当たり前…だよね。」

静かに部屋の中へ入る。

やっぱり、何もなかった。

これから、どうしたら良いんだろう。

成仏もできない、現し世に戻ることもできない。

このまま永遠に、彷徨ってるだけなのかな。

枯れたと思っていた涙が溢れてくる。

泣いても、どうしようもないのに。