「な、何?」
甘い味が口いっぱいに広がって、歩は我に返った。
「前借りや」
「ホンマ、可愛い…たまらん、別嬪さん」
隼人の指は歩の顎から頬に移り、ポコッと膨らんだ飴の部分を愛おしそうに撫でた。隼人はポケットを探り、手品の様にまた飴を取り出し、親指と人差し指で摘まんだ飴を、窓の光に翳す。
「やっぱり似てるわ」
頬を撫でられ呆然としている歩の横に、飴を並べる。
「ふーちゃんの眼に、よお似てる」
隼人は目を細め、歩の瞳と黄金色の飴を交互に見た。
「食べる時気付いてん。ピカピカで澄んでて宝もんみたいや。見てて見飽きへん。いや結局は、食べてまうねんけどな。美味いし大好きやし」
(似てる 好き 食べる……)
かち合わない言葉が、歩の頭の中を跳ね回る。
急に隼人に触れられ、意味不明な事を言われ、心臓が暴れてる。飴の薬が全く効かない。
「あ、そうや。俺から、一つ質問してええ?」
「は……はい」
冷静を装って、歩は返事した。
「ずっと思ててんけどふーちゃんて、何でずっと丁寧語なん?それは、ふーちゃんの俺で言う方言なん?」
「丁寧語……」
自分の中では当たり前になりすぎてて、隼人にツッコミを受けるまで、そうだったことも忘れていた。
丁寧語=ですます口調は歩なりの、処世術だ。
――高校に入って、暗に告られないにしても取り巻きが群れをなし始めた。
たまたま少し抜きん出て、仲良くなった人が居た。
その時、一人だけ親近感を持ってタメ語で接したら、陰で揉めているのを見てしまい、心を痛めた。
誰かはこの言葉、誰かはあの言葉、になると諍いが起こるのなら……それならばいっそ、当たり障りなく全員同じにしていた方が、上手くいくんだろうと肌で感じた。
そんな、少し自惚れた動機だから、隼人風だと『いちびっている』とでも言われそうだと覚えたての関西弁を脳内で復習し、本当の理由は口にしなかった。
「……そうです。これは、隼人君と同じ。直らない僕の、方言です」
「そうなんや」
隼人はそれ以上聞いては来なかった。
「そしたらさ、勝負せえへん?」
横顔を夕陽に照らされながら、隼人は歩に告げてきた。
「何を、ですか?」
「俺のこの言葉と、ふーちゃんのその言葉。一緒におって、うつった方の、負け」
隼人は「勝負や!」と叫んで、飴で膨らんだ歩の頬をつついた。
「へ?」
「負けたら、勝った方の言う事聞くねん」
「言う事を?」
「……絶対、やで」
唯一夕陽に負けず染まりはしてない隼人の漆黒の瞳で、歩は見つめられた。
「ま、負けません!」
隼人の言う黄金色の瞳を煌めかせ、歩は言い返す。
(僕だって、昨日や今日、思い付きで使い始めた訳じゃない!)
自分でもたまに思う頑固さが、沸き立った。
「よっしゃ!じゃあ……聞いてもらう事、考えとこ!ふーちゃんも、考えといてな!」
隼人はスキップしながら、走り出した。
「ほな、明日!!」
元気な挨拶を残して、隼人は飛び出して行った。
頬を赤らめ、口に飴がまだ残ったまま、歩はぽつんと教室に取り残された。
隼人の手を振って出ていく姿を思い出す。
挨拶返す間も無かった。
「ほな、明日……」