放課後、誰も居ない教室。歩は残っている。
 この一週間、恒例になっていた。
 ”飴ちゃん”を貰う儀式。

 隼人も教室に残っているのに、他愛のない会話の後、飴をくれずに帰りかけたから、業を煮やした歩が、隼人の手首を掴んだ。

「え?どないしたん?」
「いえ、あの……飴……」
「あー、飴ちゃん?」
「はい、そうです。今日はくれないのかなと思って……」

 歩は勇気を出して掌を出してみせた。

「あー、あげへんで!」
「へ?」

 予想外の返事が、隼人から来た。しかも冗談でもなさそうな、純粋な上品スマイルで。
 歩は目をぱちくりと見開き、口をポカンと開け、呆然とした。

「うわっズガーーンくる!なんちゅう破壊力。でも、あかん。そんな可愛い顔しても、あかん」

 隼人は首を横に振っている。

「何もせんと、タダで物貰えるおもたら、大間違いや。今までみんなに、ふーちゃんは何でも何もせんと貰えたんやろ?」
「ど、どういう意味ですか?!」
「もう、俺の世話係辞めたんやろ?お礼に飴ちゃんあげて来たから、今日は、あげへん」
「そんな……」

 初めて貰った時、飴 ごとき と思った癖に
 今その、ごとき が貰えないと聞いて、酷くショックを受けている歩が居た。
また、ショックを受けている自分に驚いている。

(何で?飴貰えないだけで、こんなに悲しいんだ?)

 飴なんて何処にでも売っている。
 そもそも飴なんて…高校生にもなって貰っても。そんなに好きでもないし。だけど……

(何で?!欲しい!欲しい!欲しい!)

 沸き立つ感情が抑えられない。
 隼人の手から一つ一つ大事そうに自分の手に、キラキラの金色の粒が渡されて、それは、宝石じゃなくただの飴なのに。
 歩にとって、宝石なんかより価値がある物に感じてしまっている事に気付いた。

「じゃあ、世話係、続けたら……くれますか?」

 歩は隼人の顔を見上げて、真剣な顔で告げた。
 今度は、隼人が驚いた顔をした。
 この一週間不敵な笑いで、四六時中共にして来た隼人のびっくりした顔を、歩は初めて見た。

「そんな、欲しいん?」
「欲しい……です」

”特別やで”
 
 キラキラ輝く金色の物体と共に、キラキラ笑顔で隼人に告げられた一言が脳裏をよぎる。

(僕は飴というより、隼人の”特別”が欲しいのか?)
 歩は自分が解らなくなった。

「ほんなら、明日からも……俺の、世話してくれる?」

 考え黙りこくった歩は、突然隼人に問いかけられ、咄嗟に頷いた。

「有難う。ほんまに嬉しい」

 ぼーっとしている歩に隼人は近づき、歩の顎を掴む。
 ぽいっ
 うっすら開いた歩の口に、金色の粒が放り込まれた。