(って話を、たった十分間の休み時間に聞いたんだよなあ……濃いいよ!)

 歩は授業中、休み時間の話を反芻して、突っ伏した。
 隼人の会話のテンポは早く、飽きることなく話を聞いた。
 マシンガントークという言葉そのままに、言葉と情報量が多くて、おまけに擬音も多くて、話術に引き込まれた。けど慣れてないせいで、少し疲れた。

 後、疲れた訳は―ー上品美少年の見た目と、その口から繰り出される言葉のギャップが激し過ぎる。
 B級映画の話題作りでタレントの違和感しかない吹き替えを見ている様で。言葉と見た目がまるで合ってない。
 少し笑えて、大いに戸惑う。

 高校に入って転校生に遭遇したのも、世話をするのも、歩にとって初めての出来事なのに。
 教科書を立てて、顔を隠したままふぅ、と細い息を吐く。
 全て初めてな、未知の存在。疲れるけど、存在感在りすぎて。

(気になる……)

 斜め前の、これも初めて見る制服の背中を見つめる。
 高一の途中で転校してきた訳を、勇気を出して聞いたら、全く気分を害する事無く話してくれた。
 いきなり二親等の登場人物が出て来て驚いた。
 だから親御さんの事は聞けなかったし、これからも歩から聞くことは出来ないだろう。

 そんな会話の内容関係なく、黒く力強い瞳で射抜かれ、生まれて初めてつけられたあだ名「ふーちゃん」と感情豊かに呼ばれ、良くしゃべる口で微笑まれ。
 十ふざけた素振りの中、一瞬真面目な顔を見せられ……
 目が離せない。こんな人に会うのは、初めてだ。


(これから世話係、かあ)

 歩が思い巡らせていると、目が離せない姿が目の前に立っていた。
 知らない間に授業は終わっていて、世話係タイムがやってきてる。

(なんか今日、授業の合間に休み時間があるんじゃなくて、休み時間の合間に授業があるみたいだあ)

「ふーちゃん、どないしたん?」

 距離感ゼロの詰め寄り方で、至近距離で覗き込まれる。歩の抜けるような白い肌が、羞恥で色付いた。
 歩が隼人を連れ立って、食堂目指し廊下を歩く。道すがら、隼人はキョロキョロと物珍し気にしきりに見回している。

「ふーちゃん、すごいな!」
「何がですか?」
「有名人なんやな!皆ふーちゃん見てるやん」
「ダシ、黒!」と丼の中にツッコミを入れながら、隼人はソバをすすっている。
「そんな事、無いですよ……隼人君の制服違うし、そっちじゃないですか?」

 不意に想像外の事を言われ、歩はチャーハン掬えずスプーンを空振った。

「いや、俺ちゃうよ。目線がーっとずれてるし。クラスの中でも思てたけど」
「……」
「ふーちゃん、先に謝っとくわ。『男やのに』って気悪せんといてな。他に言葉浮かばんねんけど」

 隼人の箸はぴたりと止まり、真面目な顔で見つめてきた。

「めっちゃくちゃ、別嬪よな」
「べっぴん……」

 また初めて言われた言葉に、歩は狼狽えた。
 男に使う言葉じゃない、と恥ずかしさ紛れに怒れれば良かったのだけれど、先に謝られてそれさえもできず。
 真向から告げられた言葉に、全力で照れるしかなく俯いた。
 自分で口にしたくはないけど……可愛いだ何だと、囁かれているのは知っている。
 『きっと歩は餌になるだろうけどさ、男子校恒例だから気にすんなよ~』と、この学校の先輩にあたる、卒業して読モをしている従兄弟にも忠告された。

 入学前は少し怯えていたけれど、通いだしても肌で感じる位で別段害はなく。親切にして貰ったり、遠巻きに見守ってくれてる所も感じ、快適な学生生活を送っている。

(だけど、会って初日で別嬪て。誰もそんな事、こんな面と向かって)

「やっぱり、嫌やった? ごめんやで!」

 俯いてスプーンを咥え固まっている歩の様子を見たからか、隼人は謝られた。

「やけど、別嬪さんや。可愛いし、優しいし、性格もええし。ふーちゃんに世話してもらえるなんて。俺、転校してきて、ホンマ良かったわ!」

 強い語気で告げられ、恥ずかしさの中で盗み見た隼人の顔は、ギャップしかないキラキラの上品スマイル。

「ホンマにホンマ!」と呟きながら、文句を言っていたダシまで飲み干している。

「ふーちゃん、何残してんねん」
「いや、なんだかもう、今日はお腹が一杯で……」
「そんな理由やったら、残したらあかん。勿体ない! 食べ!」

 褒められたかと思えば、叱られた。
 昼休みギリギリまで、食べ終わるまで付き合ってくれた。

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