「転校生を紹介します」
高校生活で一度出くわすかどうかの出来事。転校生登場。興味津々の視線が、一斉に教卓に注がれる。
近藤歩もご多分に漏れず、担任が指し示す教室の引き戸を凝視していた。
戸を開ける鈍い音と共に、注目の転校生は教室に足を踏み入れた。
ペコリと生徒に向かって頭を下げ見せた顔は……サラサラの何も弄ってない少し長めの黒髪、力強い黒い瞳。
輪郭は少しやつれているのかシャープで、担任より背が高いのに少し華奢なせいか威圧感はない。
見慣れない紫紺の学ランに身を包み、ぎゅっと結ばれている薄い唇は凛々さを増幅させ、身なり容姿は全体的にしとやかで上品さを醸し出している。
期待を裏切らなかった見た目に、教室が少しざわついた。
転校生は 佐倉隼人 と黒板に向かって右上がりの力強い自分の名前を書き、横に親切に さくらはやと と振り仮名を振ってくれた。
歩は黒板に書かれたその名前を黙読した。
担任から「一言、挨拶を」と促され、転校生は閉じられた口を漸く開いた。
「はじめまして!さくらはやと といいます!よろしくお願いしますー」
見た目から想像外の、聞きなれないイントネーションに教室がまたざわついた。担任の説明で、転校生は関西からやってきたと知り、皆納得して頷いた。
「じゃあ、しばらく学校の事とかクラスの事……学級委員の近藤、面倒見てやってくれ」
担任に突然指名され、歩と教室が同時にざわついた。
「歩ちん、世話係だってよ!」
「マジ最悪!」
「お前が推薦したんだろ」
「お前等だって、票いれた癖に」
「だって歩ちんは文字通り俺らクラスの代表だしさ」
「こんな事になるなんてさ」
休み時間、数人が原因を擦り付け合っている。
クラスの学級委員を皆で選ぶとき、満場一致で歩に決まった。皆、歩はクラスの王子で自慢だからだ。
ただ、高校生活の中で一度出くわすかどうかの転校生が来て、世話係に先生が指名するなんて事は……誰も想定していなかった。
皆遠巻きに、歩と異国の地からやって来た勢いの転校生、隼人に視線を注いでいる。
「あー、はじめまして!近藤君、面倒くさい事先生に頼まれて悪いなあ! やけど、右も左も解らんから、よろしく頼むわ!」
「あ、いや、こちらこそ、はじめまして。よろしくお願いします。佐倉くん」
「俺の事、隼人でええで。近藤君名前、何?」
「え?”あゆむ”ですけど…“歩く”って書いて」
「へえー!ええ名前やな!字、将棋の”歩”やな!ふ……か。”ふーちゃん”って呼んで、ええ?」
「!?……いや、あの」
「あかん?」
「だめなことは…無いですけど。今まで呼ばれた事……」
「じゃあ決定ーふーちゃん、よろしくな!」
教室の端でガタガタと机と椅子が鳴った。
[クラスのみんなのアイドル歩君]の取り巻きは、隠れて[あゆむちん]と呼んでいるのがバレたらとひやひやしてこそこそ過ごしていたのに。
急に現れた転校生は、変な呼び名を付けて、音速で距離を詰めている。
言葉がまた、際立って異質だ。
別に関西弁なんて、テレビでバラエティを見りゃ飛び交っているし、知り合いや親戚に居ない訳じゃない。だけど、教室というこの空間では、留学生並みに喋り声が浮き出ている。
二時間目が始まる前。
「あの、皆さん」
歩は徐に立ちあがり、教室にいる皆に呼びかけた。皆の視線は一斉に歩に注がれる。
白い肌、窓際の光でキラキラ光りたなびく茶色い髪。色素の薄い綺麗な瞳で見つめ、睫毛しぱたかせ。自然に色づいている唇を開いた。
(天使)(天使)(マジ天使)
クラスメイトの頭上に心の吹き出しが見える程、皆歩を見つめ、私語も発しない。
「今日、うちのクラスに来た新しい仲間。えっと、佐倉隼人くん……仲良くしてあげてください。学級委員からのお願いです」
フワフワな雰囲気を少しきりりと締め、頭を下げた歩を見て、皆破顔していた。
「はーい……」
未知の存在、転校生は脅威だけれど、学級委員を裏切る事は、出来なかった。
* * *