頭の上に何かが落ちてきた。

 豆粒くらいの小石があたったくらいの衝撃で、鳥が木の実でも落としたかと下を見ると紙飛行機だった。

 誰が飛ばしたのだとそれを拾いくるくると回してみる。

 すけてみえるのは赤のペンで書かれたゼロの数字。まさか悪い点数だったからと飛ばしたのではないだろうか。

 誰かに見られるかもしれないのに逆に勇気のある人だ。

 紙飛行機をほどくと零点だと思っていた点数は百点満点。そう思い込んでいた自分が恥ずかしい。そうだとすると自慢したくて飛ばした可能性だってあるわけだから。

 次に学年とクラスを、そして名前を確認する。

 紙飛行機を飛ばしたのは二年生。そうだとすると一年生の自分よりも下の階で、今開いている窓を確認するために見あげると外を覗き込んでいる人はおらず、名前の相手はわからない。

 これが答案用紙でなければそのまま捨てたのだが、さすがに届けた方がよいだろう。

 どうせ三階までいくのだから途中で寄り道をするだけだ。

 二年の知り合いはいるがこのクラスではない。

 ドアの近くで話をしている先輩に声をかけて答案用紙に書かれている名前を告げる。

「おい、仁志(にし)!」

 その名を聞いて反応したのは窓際にいる四人。

 そして出入り口へと近づいてきたのは茶髪の男だった。

 まさか彼が仁志岳人(にしたけひと)だとは思わず目を見開く。彼らの中で一番チャラそうなのがきたからだ。

「え、仁志さんですか」
「そうだよ。俺が満点をとるように見えないのだろう?」

 見かけで判断するのは判断するのは失礼だと解ってはいるがそうとは見えない。

「はは、素直」

 掴んでいた紙飛行機が仁志へとわたる。

 表情をうまく隠せずに小さく「失礼しました」と口にした。

「いいよ。こんな見た目だからそういう反応になるって」
「そうだぞ、誰でもこれがこいつのだとは思わないさ。わざわざ答案を届けてくれた後輩君を困らせるんじゃないよ岳人」

 助け船をだしてくれたのは爽やかな黒髪のカッコいいだ。答案の本当の持ち主のように見える。

「いいじゃん。似合うし」

 確かに黒髪の彼と負けず劣らず背が高くて顔がイイ。だが軽く見られてしまうのではないだろうか。

 なんてごく普通の男が思うのも、ただの僻みに感じてしまう。

 答案を返すという目的を果たしたし、そろそろ自分の教室へと戻ろうと、

「それでは失礼します」

 ふたりに声をかけて立ち去ろうとすると、

「待って。君の名前を教えてよ」

 仁志に尋ねられ、拾い物をして届けただけで終わると思っていた。

「ほら、俺の名前は知っているわけじゃない?」

 だからと言われて納得した。きっとすぐに忘れるだろう、自分の名を告げる。

比良(ひよし)リョウです」
「比良君、答案用紙を拾ってくれてありがとう」

 仁志が紙飛行機を持っていた方の手をつかんで何かを握らせた。掌を上にして開くとかわいい包装紙の飴だった。

 女子が好みそうだなと、もしや貰ったものを自分によこしたのかと疑ってしまう。

「これは俺の好きな飴」

 表情に出ていたか仁志に言われて、図星なのだがそうじゃないというように掌を彼に向けて振るった。

「君、結構顔に出るタイプだからね。気をつけなさいよ」

 額を指ではじかれて、痛さではなく驚いてそこを両手で押さえた。

 はじめてあったばかりの相手にこれをできるとか、ずいぶんと積極的なひとだ。

「あははは……そうですね」

 自分が女子だったらドキッとするところだろう。

 だが比良は男だ。イケメンで成績の良い男だなんて嫉妬するだけだ。

「今度こそ失礼します」
「またね比良君」

 そういって手を振るが、彼のような陽キャラぽい人が自分など相手にするだろうか。印象に残らず忘れてしまうのがオチだろう。





 答案の紙飛行機を拾ったというきっかけで会っただけに過ぎなかった相手は予想を裏切り比良に声をかけてきた。

 ただ、二階から何かを落とすことはなく声をかけてくる。

 まさかと驚いたが、それも何度目かになると慣れた。周りの友達もはじめの頃はどういう知り合いだと聞かれたが今では恒例のことのように比良だけを置いて教室へと戻っていく。

 二度目、三度目のあたりは周りの目もあり呼ばれるのが嫌だったが、仁志と友達は優しい人で話をしていても楽しい。

 回を重ねていくうちに彼らに会うのが楽しみになっていた。

 仁志がよく声をかけてくるのは四時間目の体育が終わった後だ。

「比良君」

 名前を呼ばれて見あげると、窓から顔をのぞかせて仁志が手を振る。

 自分の方から会いにはまだ行きにくいので声をかけてもらえるのがうれしかった。

「なんでしょうか」
「ちょっと教室においでなさい」

 と手招きする。

「わかりました」

 二年の教室へと向かう。

「仁志先輩」
「見た目があまりよくないが、妹が作ったクッキーなんだ。たくさんあって食べきれなくてさ。貰ってくれないかな」

 カタチがいびつで見た目はあまりよろしくないが、ためしにと口の中へといれられた一枚は美味かった。

「美味いですよ」
「友達にも食べてもらって」

 女子が焼いたと口にすれば喜んで食べるだろう。

「ありがとうございます」
「おう」

 話しは終わり教室へと戻ろうと出入り口へと向かったが、振り返り、再び仁志のもとへと戻る。

「どうした」
「あの、連絡先を交換しませんか?」

 紙飛行機が落ちてきた日。持ち主のもとへと届けておしまいと、比良の中ではそうなるハズだった。

 しかし仁志は話しかけてくるようになり、今では物をもらうまでとなった。

 ただの先輩後輩から友達になりたいが相手の反応は違った。困ったなというような愛想笑いを浮かべていたのだ。

 なんて恥ずかしい勘違いをしていたのだろう。友達になれると思っていたなんて。

 仁志にとって比良はただの後輩でしかなかったようだ。

「あ……調子に乗っちゃいましたね。失礼します」
「待って比良君」

 呼び止める声が聞こえたがはやくここから逃げ出したくて無視をする。

 ショックを受けるくらい仁志が人として好きになっていたからだ。

 教室へは戻らずに屋上へ向かう。





 一人になると胸が苦しくなり目頭が熱くなってきた。

「あー、俺って恥ずかしい奴」

 体育座りをして丸くなっていると頭上にぽとりと何かが落ちた。

 こんなことをするのは彼しかいない。

「なんでおかけてくるかな」

 友達になれないのなら空気を読んでほしいものだ。

「あの紙飛行機は君に向けて飛ばした」
「俺に、ですか」
「話すきっかけが欲しくて」
「友達にもなりたくない相手に話しかける理由ってなんですか」
「あー、比良君、頭の上のものをとってみて」

 まだ乗っかったままだったようで手を伸ばしてそれをとると真っ赤な折り紙で折られたハートだった。

「これ」

 それを掴んだまま仁志を見あげれば頬が真っ赤に染まっていた。

「君にいつか渡そうと思っていたんだ」
「ハートを、ですか?」

 普通に考えればラブかライクのことだろう。ただ仁志の表情はラブだといっている。

 恋愛対象が女性ではなく男性であるならありうることだが、それよりも惚れる要素はどこにあったのだろう。

「比良君、目と口、開きすぎ」

 頬を指で突かれて我に返る。

「そりゃ、今まで生きてきた中で一番の衝撃な出来事ですから」
「そうだよね。同性に好きだと言われたのだから」

 あっけらかんとしている仁志に、目を細めてじっとみる。

「実は、君のことを知っていたんだ」
「え、そうだったのですか」

 接点のない先輩に知られるとか、その時の自分はいったい何をしでかしたのか。

「俺はいったい何を?」
「ゴミ置き場で、きちんと置かれていなかったのを整理していたよね」
「あぁ、あれですか」

 ゴミを捨てに行ったときに別の組の男子がゴミ袋を放り投げ、山となっているところからころがり外へといってしまったのに放置していってしまった。自分でやった訳ではないが気になって整理をした。

「あと、女子が重いものを持っていたのを助けていたよね」

 あれは同じクラスだというのもあって手伝っただけ。

「まだあるよ。なくしものをして困っていた子に」
「もういいです」

 ただ放っておけなくて手を貸しただけ。大したことをしたつもりはないので改めて言われると恥ずかしい。

「一度気になりだしたら目で追うようになって、話しかけるきっかけになったらいいなと紙飛行機に俺の思いを託したんだ」

 あとは運任せ。結果、うまくいったと笑う。

「愛い後輩ですめばよかったんだろうけど、知れば知るほど思いが募っちゃってね」

 男もいけるんだと驚いたが、比良限定だったという。

 そして、

「告白もバケツいっぱい折り紙のハートを入れて二階から落とそうかと」

 なんていいだした。

「やめてくださいよ。そんなことをしたら目立つし、先生に怒られますって」
「ひかないんだ」

 そう言われて、普通なら引くような行為だなと気が付いた。

 仁志が嬉しそうに比良を見ている。

「顔が真っ赤だよ」

 手が頬に触れそうだ。それを避けるように一歩下がった。

「何か落とせば俺がおちるとか思うなよ」

 この胸の高鳴りは驚いたからであって、仁志に対してのものではない、はず。

 それなのに彼がキラキラとして見える。

 目をこすってもう一度見てみたが同じだった。

「がんばっておとすよ、君を」

 折り紙のハートを指で指し、そして比良の胸をとんと押した。

 ポロリと手からハートが落ちていく。

 そして射貫かれた心から淡い色をしたハートが生まれた。