「――ふむふむ。空知さんの過去、覗き見させていただきましたよ」
ここは……。星空が封じ込められたような大量の瓶が並ぶ棚。木製の床に、天井。
あの、謎の店だ。
何で僕は、過去のことを思い出してたんだ……。
まさか僕の過去を無理やり見た、とか?
いや、そんなはずがないか。
単純に僕が現実逃避して、過去を思い起こしただけだろう。
「この上、唯一の救いだった市川結姫さんまでも約束を守れず失いそうになっているとは」
「……結姫」
「実に、お辛い境遇です。まるで星一つの希望すらもない夜闇のようだ。誠に私好みの半生ですねぇ。実は人の生き方を見るのが大好きなコレクターなのですよ、私は」
「さっきの言葉――命の輝きも取引できるってのは、本当ですか?」
僕の問いに、カササギは顎に手を当てて動かない。
「結姫の寿命も……取引できますか?」
これしか、今の僕が求めるものなんてない。
そんな当然なことなのに、カササギは大袈裟なまでに深々と頷いた。
「答えは――勿論。とはいえ寿命となると命の取引ですからねぇ。空知さんにとって大変なものを求めますよ?」
どれだけ怪しくても、結姫が助かる可能性があるなら諦めない。
結姫の命を救える程の物……。
こんな僕でも何か渡せる対価がないかと考えた時、一つしか思い当たるものがなかった。
「寿命を――僕に残ってる命を、結姫にあげてください」
命と等価交換するなら、命だ。
当然の理屈だと思う。
「ふむふむ。自分の余命を結姫さんへ譲渡したい、と。それ程までに、お好きなのですね」
「当然です」
「彼女のどこが、お好きなので?」
結姫のどこが好きかって……。
「彼女は、僕の全てで……。生きる意味や理由なんだと思います」
そんなの、一つ一つ語れない。
「結姫さんの何が、空知さんにそこまでさせるのか。もう少し具体的に教えてください。お付き合いをしたいのですか?」
「……輝く彼女に僕が相応しいなんて、思い上がれません。家族のような愛情です」
「ほうほう、心底では家族愛を求めていそうな、空知さんらしい答えですねぇ」
「両親や皆が離れていっても、結姫だけは僕を見つめ続けてくれました。期待を裏切り、両親が別居する理由をつくるような情けない僕でも……結姫だけは、傍にいてくれたんです」
口が止まらなくなってきた。
胸に溢れる想いが、言葉を吐き出すと飛び出てくる。
「自分が病気で苦しんでて……。行きたい場所リストとか、やりたいことリストとかも作ってるのに……。心配かけないようにって、結姫は我慢してきたんです」
小学校の頃、書いた結姫の目標、病気が治ったらリスト。
どれも達成できずに夜空の星と消えるなんて――未練があるに決まってる。
「結姫はリスみたいにちょこちょこと動いて可愛くて明るくて……。皆に好かれてる。それでいて、僕のような人間にも優しい。本当に、いい子なんです」
「なるほど、なるほど。それで?」
「そんな子が不便な生活を耐えて治療生活をしてたのに……。高校の制服を着て入学式に出るって、普通のことすらできないとか……。あんまりじゃないですか」
病室のベッドの上で、結姫の呼吸が弱くなっていく姿が思い浮かぶ。
いくつもの点滴とか酸素マスクに繋がれて――それでも、涙を流さず笑ってた健気な結姫の姿。
そんな光景に耐えきれず病室を飛び出した自分の情けなさが許せない。
病気が治って自由を取り戻せれば、きっと結姫は笑えるだろう。
やりたかったことが全てやれて、未練も少なくなるはずだ。
「結姫が笑ってくれる以外に生きる意味も理由も分からない。彼女のためなら僕は、消えても構わないんです」
難しい取引なんだってことは、カササギの言葉で分かってる。
「お願いします、どうか僕の寿命――余命を結姫に渡してください!」
だから僕は、必死に頭を下げて願うしかできない。
結姫が幸せになれるなら、寿命も何もかも惜しくない。むしろ、喜んで渡す。
お願いだ……。この取引を受け入れてください。
カササギは、ふぅと溜息を吐いた。
その溜息が両親の失望した時の溜息と重なって、身体がビクッと震えてしまう。
ダメ、なのか?
「勤勉さや輝きとは、対極な方ですねぇ……空知さんは。まるで虚無だ」
ツカツカと床板を踏みしめる音だけが聞こえる。
僕に出せる最大のものは既に差し出した。
もう頭を下げ続けて情に訴えるしか手はないのに……っ。
何とか、何とか取引を受け入れてもらえる手段はないのか!?
このままじゃ、結姫が――
「――良いでしょう。契約成立です」
「……ぇ?」
「空知優惺さん。あなたの余命を――市川結姫さんへと譲渡いたします」
僕が顔を上げると、カササギは一つの瓶を手に笑みを浮かべていた。
仮面で覆われていない口元が半月状に歪んでるのは……何でだろう。
「空知さんは、私の求める美しい人生の前提条件を満たしておりますからね」
求める美しい人生の前提条件って、何だ?
他に陳列された瓶のように、夜空の星々を閉じ込めたような輝きは――僕にはない。
あるとすれば、その夜闇のような暗さだ。
つまり、瓶に込められる闇は僕。輝きの担当は結姫なのか?
僕の人生は、僕のものだけじゃない。生き方なら、周囲の人々も関係するだろう。
結姫を映えさせる役割が僕なら妥当、いや光栄ですらある。
「何も持たないからこその可能性を感じます。先程も申し上げましたがね? 私は、そういった人の生き方を眺めるのが大好きなのです。趣味を兼ね店を開いてしまうぐらいに」
言ってることは謎めいてる。
それでも――僕の命を結姫に渡して、救ってくれることだけは分かった。
彼の正体が天使でも悪魔でも……何でもいい。
結姫が助かるだけで、僕は満足だ。
「取引をしてくれて、ありが――」
「――おっと? 安心するのは、判断がお早いですねぇ」
「……ぇ?」
仮面から覗く口元が、半月のようにニヤリと歪んでる。
何だ、どういうことだ……。取引は、成立したんじゃないのか?
結姫を助けて、笑顔と幸せを取り戻してくれるんじゃないのか?
「果たして空知さんが取引相手として相応しいのか。お試し期間です」
「……お試し期間?」
「ええ。取引には信頼と実績が必要ですから。――まずは一年間分。空知さんの寿命を結姫さんへ譲渡いたしましょう。私の求める対価をいただけるのであれば、ですが」
一年間だけ? つまり結姫の余命は、一年だけということか?
「何度も申し上げた通り、ここは対価次第で何でも取引ができる店です。逆に言えば、対価が支払えない、あるいは妥当ではないと判断すれば、即座に取引は終了。一年の期限を待たずして、契約を打ち切りにさせていただきます。この生き方を現す星が消失したり、ね」
それは――結姫が一年すら生きられなくなる可能性があるってことか?
そんなの絶対にダメだ! 結姫にだけは絶対に生きてもらいたい!
僕に差し出せる、寿命以外の対価……。ダメだ、思い浮かばない。
「対価って、何を支払えばいいんですか?」
「それを自分で見つけるからこそ、意味があるのですよ。虚無なる空知さん?」
意地が悪いのか、取引相手として試しているのか?
本当に、悪魔のように見えてきた。
だけど結姫を助けるためなら、文字通り悪魔にでも魂を売る。
「ふむ、難儀してそうな顔ですねぇ。ヒントぐらいは、差し上げましょうか」
「ヒント? ぜひ、お願いします!」
「そうですねぇ。ヒントは――大量に陳列された瓶と、私が抱えている瓶でしょうか」
「……瓶?」
視線を巡らせると、陳列された瓶はどれも輝きが揺らめいて美しい。
それに比べてカササギの持つ瓶は――ただの暗い闇が詰まっただけの瓶に見える。
「あなたの人生は夜闇という一つの条件を満たしているからこそ、当店へお呼びいたしました。あとは、人生の輝き……。それも、棚に並ぶ瓶のような、ね。私が好きと言ったものを、ぜひ思い出してください」
楽しそうに手を広げながら、カササギは僕を見つめる。
そしてゆっくり頭を下げると
「それでは来年の七夕で再会できることを祈っております。お望みである余命全ての譲渡を私が認めるよう、自分で考え行動してくださいね? 私は、いつでも見守っております」
口元を微笑みで半月状に歪めながら、別れを切り出してくる。
徐々に遠ざかっていくカササギに「待って」と口にしようとしても、無駄だった。
激しい目眩に襲われ、目を閉じてしまう。
結姫の命を救うため、目を開けなければ――。
ここは……。星空が封じ込められたような大量の瓶が並ぶ棚。木製の床に、天井。
あの、謎の店だ。
何で僕は、過去のことを思い出してたんだ……。
まさか僕の過去を無理やり見た、とか?
いや、そんなはずがないか。
単純に僕が現実逃避して、過去を思い起こしただけだろう。
「この上、唯一の救いだった市川結姫さんまでも約束を守れず失いそうになっているとは」
「……結姫」
「実に、お辛い境遇です。まるで星一つの希望すらもない夜闇のようだ。誠に私好みの半生ですねぇ。実は人の生き方を見るのが大好きなコレクターなのですよ、私は」
「さっきの言葉――命の輝きも取引できるってのは、本当ですか?」
僕の問いに、カササギは顎に手を当てて動かない。
「結姫の寿命も……取引できますか?」
これしか、今の僕が求めるものなんてない。
そんな当然なことなのに、カササギは大袈裟なまでに深々と頷いた。
「答えは――勿論。とはいえ寿命となると命の取引ですからねぇ。空知さんにとって大変なものを求めますよ?」
どれだけ怪しくても、結姫が助かる可能性があるなら諦めない。
結姫の命を救える程の物……。
こんな僕でも何か渡せる対価がないかと考えた時、一つしか思い当たるものがなかった。
「寿命を――僕に残ってる命を、結姫にあげてください」
命と等価交換するなら、命だ。
当然の理屈だと思う。
「ふむふむ。自分の余命を結姫さんへ譲渡したい、と。それ程までに、お好きなのですね」
「当然です」
「彼女のどこが、お好きなので?」
結姫のどこが好きかって……。
「彼女は、僕の全てで……。生きる意味や理由なんだと思います」
そんなの、一つ一つ語れない。
「結姫さんの何が、空知さんにそこまでさせるのか。もう少し具体的に教えてください。お付き合いをしたいのですか?」
「……輝く彼女に僕が相応しいなんて、思い上がれません。家族のような愛情です」
「ほうほう、心底では家族愛を求めていそうな、空知さんらしい答えですねぇ」
「両親や皆が離れていっても、結姫だけは僕を見つめ続けてくれました。期待を裏切り、両親が別居する理由をつくるような情けない僕でも……結姫だけは、傍にいてくれたんです」
口が止まらなくなってきた。
胸に溢れる想いが、言葉を吐き出すと飛び出てくる。
「自分が病気で苦しんでて……。行きたい場所リストとか、やりたいことリストとかも作ってるのに……。心配かけないようにって、結姫は我慢してきたんです」
小学校の頃、書いた結姫の目標、病気が治ったらリスト。
どれも達成できずに夜空の星と消えるなんて――未練があるに決まってる。
「結姫はリスみたいにちょこちょこと動いて可愛くて明るくて……。皆に好かれてる。それでいて、僕のような人間にも優しい。本当に、いい子なんです」
「なるほど、なるほど。それで?」
「そんな子が不便な生活を耐えて治療生活をしてたのに……。高校の制服を着て入学式に出るって、普通のことすらできないとか……。あんまりじゃないですか」
病室のベッドの上で、結姫の呼吸が弱くなっていく姿が思い浮かぶ。
いくつもの点滴とか酸素マスクに繋がれて――それでも、涙を流さず笑ってた健気な結姫の姿。
そんな光景に耐えきれず病室を飛び出した自分の情けなさが許せない。
病気が治って自由を取り戻せれば、きっと結姫は笑えるだろう。
やりたかったことが全てやれて、未練も少なくなるはずだ。
「結姫が笑ってくれる以外に生きる意味も理由も分からない。彼女のためなら僕は、消えても構わないんです」
難しい取引なんだってことは、カササギの言葉で分かってる。
「お願いします、どうか僕の寿命――余命を結姫に渡してください!」
だから僕は、必死に頭を下げて願うしかできない。
結姫が幸せになれるなら、寿命も何もかも惜しくない。むしろ、喜んで渡す。
お願いだ……。この取引を受け入れてください。
カササギは、ふぅと溜息を吐いた。
その溜息が両親の失望した時の溜息と重なって、身体がビクッと震えてしまう。
ダメ、なのか?
「勤勉さや輝きとは、対極な方ですねぇ……空知さんは。まるで虚無だ」
ツカツカと床板を踏みしめる音だけが聞こえる。
僕に出せる最大のものは既に差し出した。
もう頭を下げ続けて情に訴えるしか手はないのに……っ。
何とか、何とか取引を受け入れてもらえる手段はないのか!?
このままじゃ、結姫が――
「――良いでしょう。契約成立です」
「……ぇ?」
「空知優惺さん。あなたの余命を――市川結姫さんへと譲渡いたします」
僕が顔を上げると、カササギは一つの瓶を手に笑みを浮かべていた。
仮面で覆われていない口元が半月状に歪んでるのは……何でだろう。
「空知さんは、私の求める美しい人生の前提条件を満たしておりますからね」
求める美しい人生の前提条件って、何だ?
他に陳列された瓶のように、夜空の星々を閉じ込めたような輝きは――僕にはない。
あるとすれば、その夜闇のような暗さだ。
つまり、瓶に込められる闇は僕。輝きの担当は結姫なのか?
僕の人生は、僕のものだけじゃない。生き方なら、周囲の人々も関係するだろう。
結姫を映えさせる役割が僕なら妥当、いや光栄ですらある。
「何も持たないからこその可能性を感じます。先程も申し上げましたがね? 私は、そういった人の生き方を眺めるのが大好きなのです。趣味を兼ね店を開いてしまうぐらいに」
言ってることは謎めいてる。
それでも――僕の命を結姫に渡して、救ってくれることだけは分かった。
彼の正体が天使でも悪魔でも……何でもいい。
結姫が助かるだけで、僕は満足だ。
「取引をしてくれて、ありが――」
「――おっと? 安心するのは、判断がお早いですねぇ」
「……ぇ?」
仮面から覗く口元が、半月のようにニヤリと歪んでる。
何だ、どういうことだ……。取引は、成立したんじゃないのか?
結姫を助けて、笑顔と幸せを取り戻してくれるんじゃないのか?
「果たして空知さんが取引相手として相応しいのか。お試し期間です」
「……お試し期間?」
「ええ。取引には信頼と実績が必要ですから。――まずは一年間分。空知さんの寿命を結姫さんへ譲渡いたしましょう。私の求める対価をいただけるのであれば、ですが」
一年間だけ? つまり結姫の余命は、一年だけということか?
「何度も申し上げた通り、ここは対価次第で何でも取引ができる店です。逆に言えば、対価が支払えない、あるいは妥当ではないと判断すれば、即座に取引は終了。一年の期限を待たずして、契約を打ち切りにさせていただきます。この生き方を現す星が消失したり、ね」
それは――結姫が一年すら生きられなくなる可能性があるってことか?
そんなの絶対にダメだ! 結姫にだけは絶対に生きてもらいたい!
僕に差し出せる、寿命以外の対価……。ダメだ、思い浮かばない。
「対価って、何を支払えばいいんですか?」
「それを自分で見つけるからこそ、意味があるのですよ。虚無なる空知さん?」
意地が悪いのか、取引相手として試しているのか?
本当に、悪魔のように見えてきた。
だけど結姫を助けるためなら、文字通り悪魔にでも魂を売る。
「ふむ、難儀してそうな顔ですねぇ。ヒントぐらいは、差し上げましょうか」
「ヒント? ぜひ、お願いします!」
「そうですねぇ。ヒントは――大量に陳列された瓶と、私が抱えている瓶でしょうか」
「……瓶?」
視線を巡らせると、陳列された瓶はどれも輝きが揺らめいて美しい。
それに比べてカササギの持つ瓶は――ただの暗い闇が詰まっただけの瓶に見える。
「あなたの人生は夜闇という一つの条件を満たしているからこそ、当店へお呼びいたしました。あとは、人生の輝き……。それも、棚に並ぶ瓶のような、ね。私が好きと言ったものを、ぜひ思い出してください」
楽しそうに手を広げながら、カササギは僕を見つめる。
そしてゆっくり頭を下げると
「それでは来年の七夕で再会できることを祈っております。お望みである余命全ての譲渡を私が認めるよう、自分で考え行動してくださいね? 私は、いつでも見守っております」
口元を微笑みで半月状に歪めながら、別れを切り出してくる。
徐々に遠ざかっていくカササギに「待って」と口にしようとしても、無駄だった。
激しい目眩に襲われ、目を閉じてしまう。
結姫の命を救うため、目を開けなければ――。