そんな姿を見て、両親は落ち着きを取り戻す。
顔を引きつらせてた輝明や凛奈ちゃんはホッとしたような表情になった。
結姫だけは不満そうな顔をしてたけど。
そうやって僕は、どんどん皆と遊ぶ時間が減っていった。
小学校五年生の頃には、母さんは追い詰められたような表情をしてたっけな。
『優惺。お母さんね、習い事の送り迎えのために、お仕事は減らしたから』
『え? お母さん、病院のお仕事やめちゃったの?』
『働く時間を短くしたのよ。 だから、これまで以上に勉強のお手伝いができるわ。塾と家庭教師、ピアノに水泳だけじゃなくて、プログラミングとダンスもスケジュールに入れたからね』
『……皆と、遊ぶ時間は?』
僕がそう尋ねた時、お母さん鬼のような表情をしてたな……。
『……わがまま言って、ごめんなさい』
『分かってくれて嬉しいわ。全て優惺の将来のためなのよ? 遊ぶ時間は、そうね。結果を出すのよ。社会に出れば分かるけど、結果を出さないと自由は奪われるばかりなの』
『……僕、まだ分かんないよ』
『いずれ分かるわ。分からないうちは、言われたことを全力で頑張りなさい。立派な大人になれるよう導くのが親の務めだから』
そう言って母さんは、頭を撫でてくれた。
大好きな友達にも会えないで、徹底的に管理される日々。
楽しいという感情が消えていくような気分だったのを忘れられない。
それでも、泣きながら必死に勉強をしてる僕の部屋の窓へ――結姫が、毎日欠かさず紙飛行機を投げ入れてくれた。
結姫の家が目と鼻の先だったのは、最高の幸運だったと思う。
『惺くん、この手紙を見て元気出して! 一緒に、やりたいことリストだよ! あと、私が拾った大っきな松ぼっくりの欠片もあげる! 虫がついてたら、ごめんね~』
そこに書かれた楽しい言葉やエピソード。
こんなことができたら楽しそうというリスト。
テープで手紙に貼りつけられた松ぼっくりのイタズラ。
そして、結姫の書いた将来の夢を見て――笑顔を取り戻せた。
僕はお礼の言葉と、結姫の病気の状態はどうなのかと書いた紙を投げ返す。
親の目を忍んで結姫がしてくれた気遣いに、ずっと救われてきたんだ。
あれがなければ僕の弱い心は、今より壊れてたかもしれない。
いつの間にか、結姫が紙飛行機を飛ばしてくれる時間が楽しみで……。
少し遅れると『結姫の体調、大丈夫かな?』と、不安でたまらなくなってた。
結姫との時間が、僕の全てだったんだ。
小学校六年生になると僕の両親は、さらにピリピリし始めた。
中学校受験が迫っていたからだ。
放課後、四人で遊んでると――
『――優惺、何をしてるの!』
『こんなスケジュール、父さんたちは組んでないだろう!?』
母さんと父さんは、車を飛ばして迎えに来た。学校だろうと、公園だろうとだ。
大人の怒声に慣れてない僕以外の三人は、恐ろしそうに固まってたのを覚えてる。
『君たちが優惺を連れ出したんだな!? 親御さんに文句を言わせてもらう!』
睨みつけるお父さんに、僕は友達への申し訳なさで一杯になった。
そんな中――
『――それでもいい! おじさん、おばさん! 惺くんのことも考えて!』
結姫は小さな身体でも、涙を堪えながら立ち向かってくれたんだ。
『優惺のことを考えてるからだ!』
『考えてない! 惺くんの顔を見て!? こんなのが幸せなわけないもん!』
『これだから子供は……。大人に逆らうんじゃないの! 今しか見てないのね。私たちは優惺の将来を心配してるのよ!』
『今が泣きそうなのに、将来は幸せになるの!? そんなの、おかしいよ!』
輝明と凛奈ちゃんが震える中、結姫は――むせ込みながらも反論してくれる。
それは嬉しくもあった。
だけど……病状が悪化してる結姫を思うと、凄く辛いことでもあったんだ。
だから
『僕は二人の期待に応えられるように頑張る! だから大切な友達に酷いこと言わないで! 帰ったら、いつもより勉強も頑張る。中学受験も、ちゃんと頑張るから!』
そう叫ぶと、効果は抜群。
僕の言葉に満足したのか、父さんや母さんは満足気に僕を車へと乗せた。
走り去る車の窓から外に視線を向けた時
『ごめんね』
と何度も口を動かして見えた 三人の姿は、忘れられない。
それから僕は、宣言通り必死に両親が求める結果を残そうと頑張った。
だけど、世の中は厳しい。
頑張っても報われないことがあるんだって学ぶことになる。
『……ごめん、なさい』
不合格と映しだされたスマホをテーブル中央に、父さんと母さんは頭を抱えてた。
僕は俯きながら、ひたすら泣いて謝った。何か喋ってくれるようにって……。
『……やっぱり、あなたの教育方針が悪かったのよ』
『……ふざけるな。あちこち学ばせて、勉強に集中させなかった母さんが悪いだろ』
『何ですって!? いつも仕事が仕事がって、まともに面倒も見なかったくせに!』
『この家も生活費も、優惺の学習費だって全部俺が出してるだろうが!』
家庭の崩壊は、一瞬だった。
『ごめんなさい……。僕が、期待に応えられなかったせいで』
そんな呟きも、関係ない話にまで喧嘩が及んだ二人の耳には入らない。
いつもは僕が謝れば収まっていたのに、無駄だった。
泣きながらベッドに入り、夜通し響く両親の怒鳴り声や溜息 にビクビクして……。
『ごめんなさい……。僕がダメなせいで。ごめんなさい、ごめんなさい』
ひたすら、謝り続けるしかなかった。
『輝明、凛奈ちゃん。……結姫。ごめん、本当にごめんね……』
ベッドの中で、友達にも謝り続ける。
結姫たちは僕が結果を出して落ち着くのを待ち続けてくれたのにな。
だけど何もかもが上手くいかない、期待を裏切る結果に終わった。
そんな日々に鬱々(うつうつ)としながら過ごしていると、母さんに家から連れ出された。
大きな鞄を持ち、手を引かれた先にあったのは――
『――優惺。ここが新しい家よ。狭くて古いけど、高校受験に成功したら母さん、一日中のお仕事に戻るから。沢山稼げるようになったら大きい場所へ引っ越しましょう』
今までの家と比べると、リビングの半分もないような小さいアパートだった。
『……お父さんは?』
『忘れなさい。別居中は血の繋がった他人と思うのよ。……お母さんじゃダメだって、優惺も言うのかしら?』
ダメだなんて、言えるわけもない。
虚ろな瞳をした母さんに、そんなことは言えなかった。
幸いだったのは、引っ越し先のアパートが同じ狭山市だったから――
『――惺くん! おやつ持ってきたよ!』
『……結姫』
『そんな泣きそうな顔しないの! ほらほら、お邪魔しま~す』
結姫が頻繁に会いに来てくれたことだ。
母さんは金欠だったのか土日にも仕事を増やし、結姫が目を忍んで会いに来てくれる機会も引っ越し前より増えた。
『結姫……。何で結姫はさ、僕から離れないの?』
『ん? 離れるって、どういうこと?』
『凛奈ちゃんとか……。他の同級生と一緒に遊ばなくていいの?』
中学生になった僕は、完全に孤立していた。
元々、同じ地域の小学生が集まる中学校だ。
僕が期待に応えられず受験に失敗して、両親がさらに荒れて危ないから近付くなという噂話も、ご近所伝いで知れ渡ってる。
そうでなくとも、陰気な僕の周りに近寄る人なんていない。
輝明も、どんどんと明るく格好良く成長して、いわゆる陽キャグループにいた。
そんな輝明や、その周り と話すのは身が縮む ようで……。
教室の隅で黙ってるのが、僕には居心地良かったんだ。
そんな日々を続けてたら、もう誰も話しかけてこないのは当然だよな。
小学生の凛奈ちゃんは勿論、輝明も僕から離れた。
結姫だけが、傍に残ってくれて……。
変わらず僕と接してくれるのが、不思議で仕方なかった。
『私が惺くんと一緒にいたいからだよ!』
『……そんなわけ、ないじゃん。期待を裏切って、迷惑かけてばっかりの僕なのにさ』
『本当なんだけどなぁ。……あとね、私も身体が辛くなってきちゃってさ。皆と遊ぶと、すぐに息切れしちゃうんだ……。病気の状態、よくないみたいでね』
結姫の病気は、どんどんと進行していた。
僕は、それが辛くて……。泣き虫だから、話を聞くたびに涙を流してたっけ。
『最近ね、私が遊ぼうって言うと、皆が気まずそうにする雰囲気が分かるからさ。……惺くんだけだよ、私がどうなっても一緒にいてくれるのは』
『そっか……。じゃあ僕が塾に行くまで、一緒に勉強しよっか』
『え、いや、私は隣で動画観てよっかな? 惺くん、応援してるよ!』
ただ隣にいるだけで、満たされた。
噂に聞く幸せな家族ってのは、きっとこうなんだろうなって。
まるで妹みたいな結姫の病気が進行して……。さらに苦しそうになったのは、中学校に入学したぐらいか。
『結姫、調子はどう?』
『あ、惺くん! お見舞い来てくれたんだね。大丈夫、呼吸も落ち着いてきたよ~』
結姫は、かなり頻繁に入院するようになってた。
今まで問題なかった 運動で発作が起きたり、 突然倒れることもある。
『良かった。病室の外で、おばさんから聞いたよ。また学校で突然、倒れたって……』
『うん。少し階段走っただけなのにね。最近、友達になったばっかの子に迷惑かけちゃった。もう話してくれないかなぁ~……。私の傍にいると何が起きるか分からなくて、怖いよね』
『結姫が迷惑に思われるなんて想像したくないな。少なくとも僕にとっては結姫が救いなんだ。病気、完全に治ってほしいね。そうすれば結姫は、学校一の人気者だよ』
『ありがとう! そうなるように私も頑張るよ! 凛奈も最近はバドミントン部の子と話してるからさ。面倒なスクールカーストとかグループもあるし、無理して今の私側に巻き込みたくないんだ。やっぱ私には、惺くんしかいない!』
先天性の不治の病で、年々進行していく症状。次々と去っていく友達。
凛奈ちゃんも部活に入ったらしくて昔みたいに一緒にいれる時間も減ってる状況。
学年の違う僕にできることは少ない。
結姫の様子がおかしかったり何かあったら、お見舞いへ駆けつけるぐらいだ。
こんな状況、結姫が辛くないはずがない。
話せる限り、弱音も話してほしい。泣きたくなる時だってあるだろうけど……。
『結姫はすぐ涙目になるけど、絶対に涙を流さないよね? どうして?』
『だってさ、悔しいじゃん』
『悔しい? 悔しくて悲しいから泣くんじゃないの?』
『涙が溢れたら、溜め込んでた弱音とかも溢れちゃう。病気に負けたみたいで、悔しい! それに私が泣いたら、心配してくれる人たちが凄く辛そうなの。周りに嫌な思いをさせたくない。だから、泣いてなんかやらない。全力で笑いながら生きてやるぞって決めたんだ!』
そうだ、結姫は……中学校一年生の頃から、こんなにも強かった。
病気を抱えて、それでも諦めず生き抜いてきたからかな。
年上の僕が憧れる程に眩しくて……。
暗い僕とは、別の生き物 みたいに見える。
『惺くんは私の幼馴染みなんだから、頼ってね! 一緒に楽しく笑えるようにさ!』
輝く笑みを向けてくれる結姫を見て、僕は決意をしたんだ。
誰に見捨てられても、他ならぬ自分自身が僕を諦めても……。
結姫の笑って幸せになれる未来だけは、諦めない――。
顔を引きつらせてた輝明や凛奈ちゃんはホッとしたような表情になった。
結姫だけは不満そうな顔をしてたけど。
そうやって僕は、どんどん皆と遊ぶ時間が減っていった。
小学校五年生の頃には、母さんは追い詰められたような表情をしてたっけな。
『優惺。お母さんね、習い事の送り迎えのために、お仕事は減らしたから』
『え? お母さん、病院のお仕事やめちゃったの?』
『働く時間を短くしたのよ。 だから、これまで以上に勉強のお手伝いができるわ。塾と家庭教師、ピアノに水泳だけじゃなくて、プログラミングとダンスもスケジュールに入れたからね』
『……皆と、遊ぶ時間は?』
僕がそう尋ねた時、お母さん鬼のような表情をしてたな……。
『……わがまま言って、ごめんなさい』
『分かってくれて嬉しいわ。全て優惺の将来のためなのよ? 遊ぶ時間は、そうね。結果を出すのよ。社会に出れば分かるけど、結果を出さないと自由は奪われるばかりなの』
『……僕、まだ分かんないよ』
『いずれ分かるわ。分からないうちは、言われたことを全力で頑張りなさい。立派な大人になれるよう導くのが親の務めだから』
そう言って母さんは、頭を撫でてくれた。
大好きな友達にも会えないで、徹底的に管理される日々。
楽しいという感情が消えていくような気分だったのを忘れられない。
それでも、泣きながら必死に勉強をしてる僕の部屋の窓へ――結姫が、毎日欠かさず紙飛行機を投げ入れてくれた。
結姫の家が目と鼻の先だったのは、最高の幸運だったと思う。
『惺くん、この手紙を見て元気出して! 一緒に、やりたいことリストだよ! あと、私が拾った大っきな松ぼっくりの欠片もあげる! 虫がついてたら、ごめんね~』
そこに書かれた楽しい言葉やエピソード。
こんなことができたら楽しそうというリスト。
テープで手紙に貼りつけられた松ぼっくりのイタズラ。
そして、結姫の書いた将来の夢を見て――笑顔を取り戻せた。
僕はお礼の言葉と、結姫の病気の状態はどうなのかと書いた紙を投げ返す。
親の目を忍んで結姫がしてくれた気遣いに、ずっと救われてきたんだ。
あれがなければ僕の弱い心は、今より壊れてたかもしれない。
いつの間にか、結姫が紙飛行機を飛ばしてくれる時間が楽しみで……。
少し遅れると『結姫の体調、大丈夫かな?』と、不安でたまらなくなってた。
結姫との時間が、僕の全てだったんだ。
小学校六年生になると僕の両親は、さらにピリピリし始めた。
中学校受験が迫っていたからだ。
放課後、四人で遊んでると――
『――優惺、何をしてるの!』
『こんなスケジュール、父さんたちは組んでないだろう!?』
母さんと父さんは、車を飛ばして迎えに来た。学校だろうと、公園だろうとだ。
大人の怒声に慣れてない僕以外の三人は、恐ろしそうに固まってたのを覚えてる。
『君たちが優惺を連れ出したんだな!? 親御さんに文句を言わせてもらう!』
睨みつけるお父さんに、僕は友達への申し訳なさで一杯になった。
そんな中――
『――それでもいい! おじさん、おばさん! 惺くんのことも考えて!』
結姫は小さな身体でも、涙を堪えながら立ち向かってくれたんだ。
『優惺のことを考えてるからだ!』
『考えてない! 惺くんの顔を見て!? こんなのが幸せなわけないもん!』
『これだから子供は……。大人に逆らうんじゃないの! 今しか見てないのね。私たちは優惺の将来を心配してるのよ!』
『今が泣きそうなのに、将来は幸せになるの!? そんなの、おかしいよ!』
輝明と凛奈ちゃんが震える中、結姫は――むせ込みながらも反論してくれる。
それは嬉しくもあった。
だけど……病状が悪化してる結姫を思うと、凄く辛いことでもあったんだ。
だから
『僕は二人の期待に応えられるように頑張る! だから大切な友達に酷いこと言わないで! 帰ったら、いつもより勉強も頑張る。中学受験も、ちゃんと頑張るから!』
そう叫ぶと、効果は抜群。
僕の言葉に満足したのか、父さんや母さんは満足気に僕を車へと乗せた。
走り去る車の窓から外に視線を向けた時
『ごめんね』
と何度も口を動かして見えた 三人の姿は、忘れられない。
それから僕は、宣言通り必死に両親が求める結果を残そうと頑張った。
だけど、世の中は厳しい。
頑張っても報われないことがあるんだって学ぶことになる。
『……ごめん、なさい』
不合格と映しだされたスマホをテーブル中央に、父さんと母さんは頭を抱えてた。
僕は俯きながら、ひたすら泣いて謝った。何か喋ってくれるようにって……。
『……やっぱり、あなたの教育方針が悪かったのよ』
『……ふざけるな。あちこち学ばせて、勉強に集中させなかった母さんが悪いだろ』
『何ですって!? いつも仕事が仕事がって、まともに面倒も見なかったくせに!』
『この家も生活費も、優惺の学習費だって全部俺が出してるだろうが!』
家庭の崩壊は、一瞬だった。
『ごめんなさい……。僕が、期待に応えられなかったせいで』
そんな呟きも、関係ない話にまで喧嘩が及んだ二人の耳には入らない。
いつもは僕が謝れば収まっていたのに、無駄だった。
泣きながらベッドに入り、夜通し響く両親の怒鳴り声や溜息 にビクビクして……。
『ごめんなさい……。僕がダメなせいで。ごめんなさい、ごめんなさい』
ひたすら、謝り続けるしかなかった。
『輝明、凛奈ちゃん。……結姫。ごめん、本当にごめんね……』
ベッドの中で、友達にも謝り続ける。
結姫たちは僕が結果を出して落ち着くのを待ち続けてくれたのにな。
だけど何もかもが上手くいかない、期待を裏切る結果に終わった。
そんな日々に鬱々(うつうつ)としながら過ごしていると、母さんに家から連れ出された。
大きな鞄を持ち、手を引かれた先にあったのは――
『――優惺。ここが新しい家よ。狭くて古いけど、高校受験に成功したら母さん、一日中のお仕事に戻るから。沢山稼げるようになったら大きい場所へ引っ越しましょう』
今までの家と比べると、リビングの半分もないような小さいアパートだった。
『……お父さんは?』
『忘れなさい。別居中は血の繋がった他人と思うのよ。……お母さんじゃダメだって、優惺も言うのかしら?』
ダメだなんて、言えるわけもない。
虚ろな瞳をした母さんに、そんなことは言えなかった。
幸いだったのは、引っ越し先のアパートが同じ狭山市だったから――
『――惺くん! おやつ持ってきたよ!』
『……結姫』
『そんな泣きそうな顔しないの! ほらほら、お邪魔しま~す』
結姫が頻繁に会いに来てくれたことだ。
母さんは金欠だったのか土日にも仕事を増やし、結姫が目を忍んで会いに来てくれる機会も引っ越し前より増えた。
『結姫……。何で結姫はさ、僕から離れないの?』
『ん? 離れるって、どういうこと?』
『凛奈ちゃんとか……。他の同級生と一緒に遊ばなくていいの?』
中学生になった僕は、完全に孤立していた。
元々、同じ地域の小学生が集まる中学校だ。
僕が期待に応えられず受験に失敗して、両親がさらに荒れて危ないから近付くなという噂話も、ご近所伝いで知れ渡ってる。
そうでなくとも、陰気な僕の周りに近寄る人なんていない。
輝明も、どんどんと明るく格好良く成長して、いわゆる陽キャグループにいた。
そんな輝明や、その周り と話すのは身が縮む ようで……。
教室の隅で黙ってるのが、僕には居心地良かったんだ。
そんな日々を続けてたら、もう誰も話しかけてこないのは当然だよな。
小学生の凛奈ちゃんは勿論、輝明も僕から離れた。
結姫だけが、傍に残ってくれて……。
変わらず僕と接してくれるのが、不思議で仕方なかった。
『私が惺くんと一緒にいたいからだよ!』
『……そんなわけ、ないじゃん。期待を裏切って、迷惑かけてばっかりの僕なのにさ』
『本当なんだけどなぁ。……あとね、私も身体が辛くなってきちゃってさ。皆と遊ぶと、すぐに息切れしちゃうんだ……。病気の状態、よくないみたいでね』
結姫の病気は、どんどんと進行していた。
僕は、それが辛くて……。泣き虫だから、話を聞くたびに涙を流してたっけ。
『最近ね、私が遊ぼうって言うと、皆が気まずそうにする雰囲気が分かるからさ。……惺くんだけだよ、私がどうなっても一緒にいてくれるのは』
『そっか……。じゃあ僕が塾に行くまで、一緒に勉強しよっか』
『え、いや、私は隣で動画観てよっかな? 惺くん、応援してるよ!』
ただ隣にいるだけで、満たされた。
噂に聞く幸せな家族ってのは、きっとこうなんだろうなって。
まるで妹みたいな結姫の病気が進行して……。さらに苦しそうになったのは、中学校に入学したぐらいか。
『結姫、調子はどう?』
『あ、惺くん! お見舞い来てくれたんだね。大丈夫、呼吸も落ち着いてきたよ~』
結姫は、かなり頻繁に入院するようになってた。
今まで問題なかった 運動で発作が起きたり、 突然倒れることもある。
『良かった。病室の外で、おばさんから聞いたよ。また学校で突然、倒れたって……』
『うん。少し階段走っただけなのにね。最近、友達になったばっかの子に迷惑かけちゃった。もう話してくれないかなぁ~……。私の傍にいると何が起きるか分からなくて、怖いよね』
『結姫が迷惑に思われるなんて想像したくないな。少なくとも僕にとっては結姫が救いなんだ。病気、完全に治ってほしいね。そうすれば結姫は、学校一の人気者だよ』
『ありがとう! そうなるように私も頑張るよ! 凛奈も最近はバドミントン部の子と話してるからさ。面倒なスクールカーストとかグループもあるし、無理して今の私側に巻き込みたくないんだ。やっぱ私には、惺くんしかいない!』
先天性の不治の病で、年々進行していく症状。次々と去っていく友達。
凛奈ちゃんも部活に入ったらしくて昔みたいに一緒にいれる時間も減ってる状況。
学年の違う僕にできることは少ない。
結姫の様子がおかしかったり何かあったら、お見舞いへ駆けつけるぐらいだ。
こんな状況、結姫が辛くないはずがない。
話せる限り、弱音も話してほしい。泣きたくなる時だってあるだろうけど……。
『結姫はすぐ涙目になるけど、絶対に涙を流さないよね? どうして?』
『だってさ、悔しいじゃん』
『悔しい? 悔しくて悲しいから泣くんじゃないの?』
『涙が溢れたら、溜め込んでた弱音とかも溢れちゃう。病気に負けたみたいで、悔しい! それに私が泣いたら、心配してくれる人たちが凄く辛そうなの。周りに嫌な思いをさせたくない。だから、泣いてなんかやらない。全力で笑いながら生きてやるぞって決めたんだ!』
そうだ、結姫は……中学校一年生の頃から、こんなにも強かった。
病気を抱えて、それでも諦めず生き抜いてきたからかな。
年上の僕が憧れる程に眩しくて……。
暗い僕とは、別の生き物 みたいに見える。
『惺くんは私の幼馴染みなんだから、頼ってね! 一緒に楽しく笑えるようにさ!』
輝く笑みを向けてくれる結姫を見て、僕は決意をしたんだ。
誰に見捨てられても、他ならぬ自分自身が僕を諦めても……。
結姫の笑って幸せになれる未来だけは、諦めない――。