「――結姫から聞きました。告白したけど振られた。それも高橋先輩と付き合うように勧められたって」

 そう、口を開いた。

 「そっか。……結姫、笑えてた? これからは幸せになれそう?」

 「聞いてるのは私です! 何で結姫を悲しませたんですか!? 悲惨な提案まで、何でですか!?」

 「僕じゃ、相応しくないから」

 「それは結姫が決めることですよね!? そう言われなかったんですか!?」

 「……言われたよ」

 「だったら、何で結姫を今さら突き放すんですか!?」

 まさか、カササギとの余命取引契約の件を話すわけにもいかない。

 いずれにせよ、悪いのが僕だけなのは間違いない。罪は全て、僕にある。

 それに昨夜、改めて僕は覚悟を決めたんだ。

 「僕はね――いつ死んだって構わないと思ってる」

 「な……んで」

 ジワッと、凛奈ちゃんの瞳から涙が滲んできた。

 きっと僕が死にたいのを悲しむんじゃなく、『何でこんなやつに、結姫が告白したんだ』と考えてるんだろうな。

 それでいい。いや、それがいい。

 「あれだけ死と闘い続けた結姫から一度も離れなかった空知先輩が……。何で、何でそんなことを言うの!?」

 僕の胸ぐらを(つか)む腕は、小刻みに震えてる。

 口調、昔みたいに戻ってるよ……。見た目は違うのに、まるで昔と重なって見える。

 本当、時間と環境は残酷だよね。何もかもを変えて、違う色に染めていく。

 「何で、何で抵抗しないの!?」

 「そんなことをする権利もないよ。……僕は皆への恩を、(あだ)で返してきたから」

 「……やめて」

 苦しく(うめ)くように、凛奈ちゃんは目を伏せた。

 「……何を?」

 「その目を! 私みたいな目をしないでよ!」

 「凛奈ちゃんみたいな、目?」

 「私は空知先輩が……優惺くんが大っ嫌い! 同じぐらい、自分のことが嫌い!」

 「凛奈ちゃんは結姫を支えてる。凛奈ちゃんの隣で、傷付くことなく対等に結姫は笑ってる。僕みたいじゃない――」

 「――同じなんだよ!」

 凛奈ちゃんの瞳から、ポロッと涙が頬を伝い落ちていく。

 どうして、そんな辛そうな表情で僕を見るんだ……。

 「……私自身のことは、自分では見えないよ? でもね、客観的にはよく見える」

 「客観的に見て、僕と凛奈ちゃんが同じだって言うの?」

 そんなはずはない。

 今だって結姫のために本気で怒れる凛奈ちゃんは、僕みたく諦めてないんだからさ。

 「優惺くんは、間違えてるよ……。結姫を悲しませるようなこと、言わないで。避けないで……。私みたいな間違い犯さないで!」

 感情の(たか)ぶった凛奈ちゃんに、僕は何て返せばいいんだろう?

 結姫を悲しませてる。

 その原因が、僕なら……。

 それなら、やっぱり――。

 「――結姫ちゃん、こっちだ! いた! おい、二人とも何やってんだよ!?」

 「輝明、くん?」

 「凛奈ちゃん、優惺から手を離せって!」

 意地でも胸ぐらを掴んだまま離そうとしない凛奈ちゃんの手を、輝明は懸命に剥がそうとしてる。

 そのたびに、頭ごとぐらぐら揺れる視界の中――。

 「――惺くん! 凛奈!」

 絶叫のような結姫の声が耳に響く。

 途端、我に返ったのか凛奈ちゃんが手を離した。

 「ねぇ、何があったの?」

 「ごめん、全て僕が悪い。凛奈ちゃんも結姫も、何も悪くない。……いつも通り、僕が全て間違えてる」

 「そんな説明とか自虐的な言葉じゃ、分からないよ。お願い、ちゃんと説明して?」

 切なそうな声で語りかけてくれる結姫の瞳を見つめる。

 あぁ……。綺麗だな。僕とは似ても似つかない、キラキラと希望に満ちた瞳。

 不安に揺れてる姿でさえ、薄く滲んだ涙の中で輝いてる。

 いつも、いつもそうだ。

 僕は涙を流さないと決めてる結姫に、耐えさせてばっかりだよね……。

 「大丈夫、もうすぐ……。こんな不幸を()き散らさないような取引をするから」

 「……取引?」

 「……何でもない。心配いらないよってこと」

 感傷に浸りすぎたのかな。つい口を(すべ)らせちゃった……。

 「ごめん、迷惑かけてばっかりで。また皆と話せて、少し嬉しかったよ」

 「何で過去形なの? また皆で仲良くしようよ? 私も一緒に謝るからさ……」

 ごめんね、結姫。もう、過去形だ。今さらすぎるんだよ。

 引き留めようとする三人を置いて、家に向かい歩く。

 「優惺! ちょっと待てよ!」

 「……離してくれないかな?」

 輝明に肩を掴まれ、足が止まる。

 痛いぐらいの力が肩に食い込んで……。

 「絶対に、離しません。間違えてる優惺くんを、このまま行かせない」

 「凛奈ちゃんまで……」

 腰を押さえつけてるのか、背後から涙で湿った凛奈ちゃんの声まで聞こえてきた。

 僕になんか、もう関わりたくなかったんじゃないの?

 二人とも、何でそんなにも必死に止めてくるんだよ。

 「……惺くん」

 「……結姫。ごめん、僕は合わせる顔がないんだ」

 二人が僕が去ろうとするのを止めてる間に、目の前には結姫が立ってた。

 今は目を見て話すことどころか、視界に入ることすら、結姫の命を奪いかねない。

 「もう、僕なんか見捨ててくれていいからさ」

 その方が、いい。そうすれば僕は、人知れず結姫に余命を渡して去れる。

 いつまでも不快な僕を見させてたら、結姫の命が危険だろうに……っ。

 「放っておけるわけ、ないよ」

 生きる意味も理由も、たった一つしか残ってない。

 無気力な僕を、気にかけてくれる必要なんてないのに……っ。

 「だって惺くん――今にも、死んじゃいそうな顔してるじゃん」

 「……ぇ」

 「自分を追い詰めて、ネガティブな思考に染まってるよね。だから、なのかな?」

 「違うよ……」

 「私が告白なんか、しなければ良かったんだよね? ごめんね。私が告白なんかしたから、惺くんを苦しめちゃってるんだよね?」

 「違う、違うんだよ、結姫」

 僕が死にそうな顔をしてるのは、別の理由なんだよ……。

 だから、そんな哀しそうに笑わないでよ。

 「……結姫は何も悪くないよ。僕は、告白してくれた結姫を傷付けちゃった」

 「確かに、私は傷付いたよ? だって大好きな人に告白したら、断られた挙げ句に他の男を薦められたんだもん」

 「そう、だよ。だから、僕なんかといたら結姫は笑えない。関わらない方がいい。返事がこなかったのも、縁を切られるのも仕方がないと割りきるしか」

 そこまで言った瞬間だった。

 「ぁ……っ! む、ね……。息が……っ!」

 「ゆ、結姫!?」

 「結姫ちゃん!? おい、呼吸が、顔色も真っ青だぞ!」

 「救急車、救急車呼ぶ!? どうしよ、どこ押せば繋がるんだっけ!?」

 結姫が胸を押さえ、呼吸が……っ。

 これは、まさか――余命取引を打ち切られた!?

 僕が結姫から、笑顔を奪ったせいか!

 「結姫! 早く僕から離れて――」

 「――離れない!」

 病室で見たような、今にも命の灯火が消えそうな姿。

 そんな状態でも結姫は、足を踏ん張り、荒い息で声を張り上げてる。

 僕のせいで、結姫が……っ。早く、結姫の笑顔を取り戻さないとっ!

 「絶対に、離れないよ……。言ったでしょ、私は諦めが悪い。明日には、いつも通りになるってさ……。少し遅れちゃったけど、約束、守るよ?」

 「そんなことを言ってる場合じゃないよ! 結姫は、僕の傍にいるとダメなんだ! そうだ、僕が消えればいいんだ!」

 「おい、優惺! こんな状態の結姫ちゃんを置いていく気か!? させねぇぞ!」

 「優惺くん逃げちゃダメ! 優惺くんだけは見捨てちゃダメ!」

 結姫を見捨てるんじゃない!

 このままじゃ僕の唯一守りたい存在を奪っちゃうんだ!

 「惺くん……っ。私、死にそうな惺くんを、絶対に行かせないよ?」

 僕は今すぐ、結姫が生き残るために離れるべきだ。

 理性では分かってるけど、(すが)りつくように制服を掴んでる結姫の手を振り払えない。

 「結姫、ダメだ……。お願いだよ、僕なんか忘れて今すぐ笑える人と一緒にいてよ」

 言葉と行動が、一致してくれない……。気が付けば、結姫の手を握ってた。

 ベッドの上で最期を迎えかけてた時みたいに、弱々しい……。

 「結姫、僕は結姫に生きてほしい。だから僕を見捨てて――」

 「――いやだっ!」

 言葉が急に力強くなって、(けん)(そう)が静まり返った。

 思わず見つめ返すと、結姫の目に力が籠もってる。

 荒い息の中

 「今にも死にそうな惺くんを、絶対に見捨てないからね」

 結姫は微笑みながら、優しい声を聞かせてくれた。

 本当は今すぐ見捨てて、結姫に助かってほしい。

 だけど、そんなことを言える雰囲気じゃなくて……。

 「惺くん、両親のこととか人と関わるのに(おく)(びょう)になったり……。色々辛かったよね」

 「……病気と闘い続けてる結姫と比べたら、辛いうちに入らないよ 」

 「私ね、心配りとか、気配りって言葉が大好きなんだ」

 何故だ……。少し、結姫の呼吸が落ち着いてきてる?

 取引が、継続された? いや、そもそも他の病気だった?

 「思う心を配る、気持ちを配るってさ、相手が嫌がらない素敵な配りもので……。受け入れ合うのが前提でしょ? 余計なお節介なら無視できちゃう押しつけと違って、優しさが根底にあるのが気配り、心配りだと思うの」

 「……結姫は、笑顔とか元気、優しさも配れる人だと思うよ」

 出会った頃から、僕ばっかり配られてたね。

 優しさが籠もった心を沢山届けてもらって、今まで生き抜けた。

 周囲を悲しい気持ちにさせない結姫の気配りとかにさ、皆が救われてたよ。

 「だからね、私は生きてほしいって、自分勝手な気持ちも押しつけないよ。自分から生きたいって気持ちとか、楽しいって感じる心をさ……。惺くんに配れたら嬉しいな」

 心を配るのと押しつけるのは、似てるようで違う……。

 そんなことにも、僕は気が付いてなかった。

 もしかして僕は――間違った選択へ向かっているんじゃないか?

 結姫に『生きてほしい』じゃない。

 身勝手に、『僕の代わりに生きろ』って押しつけようと……。

 「な、なぁ。もう大丈夫なのか?」

 「結姫……。発作、落ち着いた? 顔色も、呼吸も戻ってる」

 「あ、本当だ。いや~元通り! 輝明先輩、凛奈。心配かけてごめんね!」

 快活な笑み、元通りの元気な姿を取り戻してた。

 結姫が、生きて笑ってくれてる。

 二人が一緒にいてくれたからか? それが、結姫の輝きを取り戻した?

 「結姫……。良かった、本当に良かった」

 「ぇ」

 元通り、元気な結姫の姿を見たら――思わず、細い身体を強く抱きしめてた。

 「ぁ、あの……。惺くん? 昨日振ったばかりの相手に、これは一体? え?」

 腕の中で混乱してる結姫の声が聞こえる。

 しまった……。僕は感情に流されて、とんでもないことをしてた。

 「ご、ごめん!」

 「ぁ……。ふわふわして、落ち着いたのになぁ」

 どこか名残惜しそうな声で顔を真っ赤にしてる結姫だけど、冷静に有り得ない。

 手酷い真似をした子の純情を(もてあそ)ぶような真似は、絶対にダメだ。

 こんなことを続けたら、今度こそカササギに契約を打ち切られて結姫が命を落としてしまうかもしれない。それは、絶対にダメだ。

 「結姫、落ち着いて良かった。この後、病院に行くんだよ?」

 「うん。もう大丈夫だと思うけど、分かった」

 「念の為、絶対に行って」

 ほぼ間違いなく、今回のはカササギからの脅しだと思ってる。

 だけど万が一、新しい病気だったなら病院で対処するべきだ。

 「皆、結姫を任せたよ。それじゃ、僕は帰るから!」

 これ以上、僕が場を引っ()き回すようなことはあってはいけないっ。

 視界から早く消えるように、全力で走れ!

 「あ、優惺!? 病院、お前は行かないのか!?」

 「そうですよ! まさか、逃げるんですか!?」
 違う。僕は知ってるんだ。

 結姫の抱えてる病気は、沢山の医療スタッフが全力を注いでも手の施しようがない。

 僕にできる最善は結姫の笑顔を……。いや、命を奪わないように去ることだ!