「……ぇ?」

 今のは、僕に向けて言った言葉、だよね?

 ちょっと待って。待ってよ。

 「昔から真面目で頑張り屋さんで……。病気が悪くなるにつれて、皆が私にどう接していいのか分からないで離れてった。それでも、惺くんは最後まで一緒にいてくれた」

 この好きって――友達として、とは思えない雰囲気だ。

 そんな、まさか……っ。話が違うだろう?

 待って、お願いだから待ってよ。

 「そんな惺くんが、私は好き。大好きで、特別なの。これから先も、ずっと一緒にいたい! その、こ――恋人として……」

 嘘だろう? 僕が、結姫の恋人?

 そんな有り得ないこと、聞き間違いに決まってる……っ。

 「ぁ、あの、結姫?」

 「……絶対に後悔はさせません。終わるのが嫌なぐらい、楽しい毎日にしてみせます」

 「いや、だから……っ」

 「だから、惺くんの恋人にしてください!」

 結姫の恋人に、僕が……っ。

 「――ダメ、でしょう」

 結姫は――輝明のことが好きなんじゃなかったのか?

 「……わ、私じゃ、ダメ?」

 「あ、いや! 違う!」

 つい言葉が口から出てしまった!

 涙目になって、結姫がショックを受けてる。

 違う、結姫がダメなんじゃないんだっ!

 何で、何でこんなことに……っ!

 「僕なんかじゃ、結姫には不釣り合いだよ。こんな地味で、教室でも一人でいるしかない。皆に迷惑をかけて、見捨てられた男なんか……」

 「私は、惺くんを見捨てないよ。だから、お願いします」

 結姫のお願いや望みなら、何でも叶えてあげたいと思ってた。

 幸せに笑ってくれるなら、それこそ何でも。

 それでも、これは……っ。どうなってるのか、理解が追いつかないっ。

 「ゆ、結姫は、輝明くんが好きなんじゃなかったの?」

 「……ぇ?」

 涙目だった結姫が、口と目を見開きながら硬直してる。

 どう、なんだ?

 心臓が高鳴って、(おさ)まってくれない。

 「私が好きなのは、惺くんだけなんだけど……」

 「そう、か。……そう、だったのか」

 「私、嘘は言わないよ? だから、これは本気の告白」

 結姫が輝明を好きだったのは、僕の勘違いだったのか……。

 良かったって安心してしまったのは、間違いだ。

 女の子としても好きな結姫に告白されて、嬉しい。それは間違いない。

 だけど自分の気持ちに素直になれば、結姫を傷付けるのは目に見えてる。

 「…………」

 「……惺くん、どうかな? 私の気持ち、受けてくれない?」

 受けたい。今すぐ結姫の手を取って抱きしめたい。

 だけど――僕たちには、先がない。

 余命が残されてない。

 僕の寿命を一年だけ結姫に渡せたけど、結姫は笑えなくなれば亡くなる。

 あぁ……。本当は、結姫を一生幸せにしたい。

 お(ばあ)ちゃん、お(じい)ちゃんになっても、想い合って幸せな家庭を築きたい。

 そんな未来がくる可能性があれば、僕は迷わず全力で手を取るのに……。

 現実、残酷すぎるでしょう。

 どれだけ辛く望まなくても、突っぱねなければいけないなんて……。

 どう転んでも、こんな良い子と二人で先を見られる未来がないなんてさ。

 「……ごめん」

 「……ぁ」

 目を伏せながら謝ると、結姫の悲しげな声が鼓膜を揺らした。

 結姫の余命を延ばすには笑うことが必須なのに、頑張って した告白を断られた結姫は、笑顔を失ってしまうかもしれない。

 もしかしたら、このせいで結姫がいなくなる?

 嫌だ、嫌だ。

 またベッドで苦しみ最期を迎えるなんて、絶対に嫌だっ!

 「そっか……。そっか、私振られちゃったのか。あはは……。仕方ない、かぁ」

 何とか、何とか結姫に笑ってもらえる方法を提案しないとっ!

 「輝明くん……」

 「……ぇ?」

 「輝明くんと付き合うのはどう!?」

 「……は? 惺くん、何を言ってるの?」

 「輝明くんなら結姫を笑顔にしてくれるんじゃないかな!?」

 「待って待って、ちょっと待ってよ」

 「前みたいに、ううん。前よりもっと仲良くしてたし――」

 「――待ってってば!」

 結姫の湿った怒声に、ハッと脳が落ち着いた気がする。

 こんなに悲しい顔で怒ってる結姫、初めて見た。

 「私が好きなのは惺くんだって言ったじゃん! 何でそんな酷いこと言うの!?」

 「……僕より、輝明の方が結姫を幸せにできる。笑顔にできるから」

 僕が自分の気持ちを優先して、結姫の想いを受けられるわけがない。

 「まだ自分なんてとか思ってるの!? 私が好きじゃないなら、そう言ってよ!」

 「嫌いなわけ、ないじゃないか。結姫は、凄く可愛くて優しくて魅力的だよ」

 手を取った数ヶ月後にはバイバイなんて……。その方が、結姫に残酷だ。

 「じゃあ――」

 「――だからこそ 結姫には、もっと相応しい人と幸せになってほしいんだ」

 「ぁ……」

 絶望したように、結姫の唇が真っ青で震えてる。

 まさか、こんなことになるなんて……。

 それでも、これは結姫のために受け入れるべきじゃない。

 「もう、いいよ……。うん、分かった」

 ふらふらと、結姫はバス停の方へ向かい歩き始めた。

 その足取りが、今にも転びそうで……。

 「結姫……」

 「ごめん、来ないで。……今は、一人になりたいの」

 「そう、だよね……。だけど、心配なんだ」

 自分でも、どの口が言うのかと思う。

 頭が冷えてみれば、告白してくれた子に最低最悪なことを言ってしまった。

 自分で自分が許せない。

 唯一、大切な子に取り返しのつかない傷を付けた。

 僕は、僕が大嫌いだ……。

 「大丈夫。明日には、いつも通りになるから。……私、諦め悪いからさ」

 「……分かった。じゃあ、視界には入らないようにする」

 「まるで、対等じゃない保護者だね。そっか、だから違う人を(すす)めたのかな」

 「それは、違う……。僕が冷静じゃなくて、最低だっただけだよ。ごめん」

 余命のこと、結姫の笑顔を失わせるわけにいかないと……おかしくなってた。

 結姫は答えることなく、力ない足取りでバスに乗る。

 無言の空間。

 変なことを言った後悔と、どうすれば笑顔を取り戻せるのか。

 痛む頭と胸を押さえながら、結姫の後ろに座りバスに揺られ続ける。

 「……酷いことを言われても、負けないよ。そうやって病気とも闘ってきたんだから」

 独り言のように、囁くような声。

 それなのに、胸の奥まで染みる。

 「惺くんが後悔するぐらい自分を磨くよ。……だから今日だけ、気持ちの整理させて」

 胸に空いた傷口に、塩水でもかけられたような思いだ。

 大好きで仕方ない子を、こんなに傷付けるなんて……。

 本当は、振りたくなんてなかった。

 告白してくれてありがとう。いや、僕から告白させてほしい。

 それぐらい、大好きだったのに……。

 どうして、余命なんかあるんだろう。どうして、こうなっちゃったんだろう?

 結姫の隣に相応しいと自信があったら、嫉妬で酷い提案もしなかったかもしれない。

 僕の心が鬱屈として(よど)んでなければ、変なことも口走らなかったかもしれない。

 結姫が病気じゃなければ……。

 そんな考えても仕方がない『もし』と『たられば』が、溢れてきて止まらない。

 狭山市に帰ってきて家へ向かうと、結姫は何も言わずに玄関に入った。

 あんなに落ち込んでる姿、初めて見た。

 元気になって誰とも仲良くなれるのに、僕と関わったせいだよな……。

 「せめて、最期に……」

 僕のやるべき役目だけ、果たさなければ――。