そうして迎えたクリスマスイブ。

 「惺くんとお出かけ~! しかも電車! 夢だった()ノ(の)(しま)!」

 やたらハイテンションでスキップする結姫と一緒に、夕暮れの江ノ島に来ていた。

 埼玉県狭山市から()()(がわ)(けん)(ふじ)(さわ)()までの長い電車の旅も、長らく自由が制限されてた結姫にとっては苦痛じゃなかったようで安心だ。

 誕生日に渡したハンドメイドのイヤリングが風に揺れて、流れ星みたいで美しい。

 「う~ん、寒い! 埼玉より寒いね!」

 「海沿いだから、風を遮るものがないんだろうね。僕の上着も着てよ」

 「脱がなくていいよ、自分が風邪ひいちゃうでしょ!? ほら、早く着て! 私の上着もファッションなんだよ?」

 「そういうものなんだ。ごめんね。着る服とか、機能性以外は考えたことなくて」

 一度脱いだコートに、もう一度袖を通す。

 遮ることのない冬の風が、刺すようなチクチクした痛みを残し肌を撫でていった。

 寒すぎて鼻が取れそうだ。身体の芯から震えて、止められない……。

 慌ててコートのポケットに手を入れて冷えた指を温める。

 「もう、そんなことしなくてもさ……。ほら、こう、暖まる方法あるじゃん?」

 「え、ちょ、結姫?」

 「何も言わないで。その、私も恥ずかしいから!」

 兄妹同然の幼馴染みとはいえ――僕のコートのポケットに、自分の手を突っ込むのはどうなの?
 
 冷たい結姫の手が僕の手と重なり、ポケットの中で徐々に温まっていく。

 何というか、生々しい。意識が手に集中しちゃって……すごく、恥ずかしい。

 いや、でも……。こんなに嬉しそうにしてる結姫の横で、テンションを下げるようなこと言えない。これで暖まって喜ぶなら、結姫の好きにさせるか。

 「(しょう)(なん)の宝石ってイベントらしいよ。イルミネーションと海、両方見られるってさ」

 「最高だよ! 潮風の香りなんて、もう何年ぶりだろう!」

 イルミネーションは、まだ時間的に早い。

 そうは言っても、遅くなるとおばさんやおじさんも心配するから、長居はできない。

 移動時間の方が長くなっちゃうけど……。

 それでも、これだけ喜んでくれてるなら、今回の企画は成功だろう。

 「夕焼けの海……。綺麗だね」

 息をのむように、結姫は目を丸くしている。

 大勢の人が島に訪れてるけど、そんなの目に入らないぐらい、結姫の方が綺麗だ。

 潮風に(なび)くマフラー。そして(つや)やかな髪がオレンジ色に輝いていて、目が離せない。

 いや、離したくもない。

 この世界に、これ程に目を奪われる光景があったなんて……。

 鼻を突く潮の香りが一層強くなった。

 「げ、幻想的だよね」

 「幻想的? どういう意味の言葉?」

 「現実から離れたような空想や幻の……。ファンタジー世界みたいだなって意味だよ」

 ファンタジーの度合いでいえば、僕はもっと凄い世界を見てしまってる。

 だけど、あれは夕陽に照らされる結姫より美しくはなかった。

 彼がコレクションしてるらしい瓶より、今の結姫の方が綺麗なんじゃないかな。

 「へ~! こんな所に来てまで勉強しちゃった! でも、楽しい勉強だ。いつか夕陽が海に沈むところも、見たいな~」

 「太陽は西に沈むから、日本海側に行かないとだね」

 「日本海側かぁ。遠いね。世界地図だと、ほんのちょっとなのに……。二人で一緒に行けるかな」

 「結姫は――……」

 大丈夫という言葉を、必死に止めた。

 カササギとの余命取引契約は――まだ、お試し段階だ。

 しかも次の瞬間には、打ち切られるかも分からない。

 結姫の笑顔を絶やさないうちは、大丈夫だと信じたい。

 だけど求めてた対価の正解も分からないのに、適当なことは言えないよね……。

 夕陽も完全に沈み海は暗く、夜空は星々が地上はイルミネーションが照らし始めた。

 「ひとまず、イルミネーションがあるところとシーキャンドルを回ろうか」

 「了解! 楽しみだなぁ~!」

 どれだけ寒くても江ノ島の坂がキツくても、結姫は一歩一歩歩くたびに楽しそうだ。

 それもそうか。

 少し前までは、こんな環境では外を出歩く許可さえ病院から出なかったんだから。

 島の傾斜を上り下りしながら、イルミネーションが飾られてるサムエル・コッキング(えん)とシーキャンドルの受付を目指し
 「料金は、千百円!? おおう、そ、それなりにするね~。やるじゃん?」

 入口に書かれた看板を見るなり、結姫は唇を震わせながら言った。

 大袈裟な反応が一々面白いのは、昔通りだ。

 十五歳になっても変わらなくて、安心するよ。

 「大人料金だからね」

 「ん……。なるほど、大人 扱いかぁ~! そっか、そっか! それなら仕方ない! お小遣いに大打撃だけど、全然あり!」

 大人扱いされるのが嬉しいのか、ニパッと笑みを浮かべた。

 変わり身の早さも微笑ましいけど、お心遣いに打撃を受ける心配はいらないよ。

 「はい、二人分です」

 「え? 惺くん? 何でチケット持ってるの?」

 どう答えればいいんだろう。

 格好つけてというか……。事前にチケット買っておいて(おご)るとか、初めてで……。

 何て言葉を返すのが正しいのか、分からない。経験と勉強が足りなかったな。

 「……たまたま?」

 「拾ったの?」

 「そんなわけないでしょ。じ、事前に買ってたんだよ。結姫に負担かけたくなかった」

 「えぇ!? ダメだよ! 私たちは対等に! 絶対に払うから!」

 腕でバッテンを作ってるけど、ここは(ゆず)れない。

 お小遣いは、お菓子を買うとか受験勉強の気晴らしに好きなものへ使ってほしい。

 「大丈夫」

 「嫌だ」

 「僕はバイトしてるから。いつか結姫も稼ぎ始めたらね?」

 「ん~……。ん~……! 分かった。それなら、その時は三倍返しするからね!」

 借金みたいに言わないでほしいな。

 それに……。その時、僕がいるかは分からないんだから。

 「そうと決めたら、全力で喜ぶね! 惺くん、ご()(そう)様!」

 「ご馳走様って。ご飯を奢ったんじゃないんだから」

 「じゃあさ、何てお礼を言って喜ぶのが正解なの?」

 「……何だろうね」

 よく考えると、日本語とかマナーって難しい。

 「ま、難しいことはいっか。ありがとうの一言に全てが()もる! さ、行こう!」

 病気が治ったからか、それとも受験勉強のストレスからかは分からないけど……。

 解放感に満ちた表情で、結姫は入口を通ると

 「惺くん、早く早く!」

 「ちょっと、手を引かれなくても行くから」

 グイグイと結姫は僕の手を引き、人が多い入口を小走りで駆けると

 「あれ、兄妹かな?」

 「まさか。顔も身長も全然似てないじゃん。女の子は可愛いけど、ね?」

 周りからヒソヒソと話す声が聞こえてしまった。

 結姫の耳にも届いたんだろうな。顔がムッと変化した。

 「――ちょっと、惺くんを悪く言わないでもらえますか!?」

 「ゆ、結姫!?」

 「惺くんは優しいんです! あなた達みたいに、人を傷つけることは言わない――」

 「――結姫、そこまで! み、皆さん! 失礼しました!」

 唖然とする周囲から逃げるように、結姫の手を引き走る。