結姫の退院から約三ヶ月。

 途中、結姫が勉強に疲れて燃え尽きるこ とはあったけど……。

 何とか勉強習慣もつき、目標に向かって進み続けた。

 そして迎えた、十月七日。

 「結姫、誕生日おめでとう~!」

 おばさんの声に合わせ、おじさんと一緒にクラッカーを鳴らす。

 「ありがとう! 何とか十五歳を迎えられたよ!」

 満面の笑みを浮かべながら、ケーキに立てた(ろう)(そく)の火を結姫が吹き消す。

 本当に、生きていてくれて良かった。カササギには、感謝してもしきれない。

 この光景も見てるのかな。

 これが対価……で、合ってるんだよね?

 どうしても、失敗体験の多さで不安が拭えない。

 「結姫、楽しい? 本気で笑えてる?」

 「当たり前だよ! 何をそんなに心配してるの?」

 「いや、本気で笑えてるなら、それでいいんだ。それが僕の幸せだからね」

 「難しい顔してるよ? お肉食べて惺くんも笑おう! (にく)(じゅう)がぶわぁって凄いよ!」

 こうして目を輝かせて興奮する幼い姿を見られるのも、まるで夢のような時間だ。

 「さて、結姫。母さんと父さんからのプレゼントは渡したけど……。優惺くんからも、あるそうだぞ?」

 「え、惺くんが!? 本当に!?」

 「ほ、本当に……ささやかなものだけどね」

 「どんなものでも全力で喜ぶよ! 松ぼっくりの欠片でも!」

 「それは、いつか結姫が僕の部屋に投げ入れてくれたものでしょ」

 懐かしい。

 ちょっとした手紙と、その辺に落ちてる松ぼっくりの欠片で僕は心底から喜んだな。

 おずおずと、鞄からプレゼントの入った箱を取り出し――

 「――結姫、誕生日おめでとう。今年も迎えられて、本当に良かったね」

 「わぁ、凄い! ね、ここで開けてみてもいい?」

 「開けながら聞くことじゃないよね」

 子供か。

 いや、今まで病気で心から喜べなかった分、爆発してるんだろうな。

 そうだとしたら、この瞬間が愛おしい。

 僕のラッピングした箱を開け

 「お菓子セットと、イヤリング? わぁ……。レジンの星、すっごい()(れい)

 結姫は、細い声で呟いた。

 「じゅ、受験勉強で、あんまり秋を満喫できないかなって……。紅葉とか、色々と閉じ込めてみたんだ。香りと見た目は楽しめると思うんだけど」

 「え……。もしかして、惺くんの手作り!?」

 「買えるプレゼントは、毎年あげてたからね。病気を乗り越えたから、ちょっと今年は挑戦してみたんだ。何となく、結姫はハンドメイドの方が喜ぶかなって気がしてさ」

 念の為、買ってきたお菓子も混ぜてある。

 入間のアウトレットまで自転車を飛ばして、一番喜びそうなのを選んだつもりだ。

 イヤリングにしたレジンも初めて作ったから、上手くできたのかは分からない。

 何度も何度も作り直して、結姫が一番笑顔になりそうなのを持ってきたけど……。

 「惺くん……。ありがとう。大切にする」

 涙目で口元を歪める結姫の様子を見ると、満足してもらえたっぽい?

 それなら、良かった……。

 ずっと、ずっと喜んでもらえるか不安だったから。

 この表情を目にできて、やっと肩の力が抜けたよ。

 「ずっと、ずっと大切に飾っておくからね」

 「身に着けてよ。勉強中にも時間を使わず気分転換できるかなって作ったんだから」

 「え~(もっ)(たい)ない! 傷とか付いたら、ショックじゃん!」

 「もし壊れたら、また作るよ。それだけ喜んでもらえるなら、いくらでも」

 苦労なんてない。結姫が笑ってくれるなら。結姫が生き残ることに繋がるならね。

 それが僕の生きてる意味で、理由なんだ。

 「……惺くん、ちょっと私に尽くしすぎじゃない? 何か、ちょっと……」

 「ちょっと? 僕に直せることなら、何でもするよ」

 「いや、嬉しいんだよ!? だけど、もっと自分のことも大事に……ね?」

 自分のことも大事に? どういうことか分からない。

 「これが僕の幸せで、生き()()だから。気にしないで」

 「ん~……。うん、分かった。今日は誕生日だもんね。特別と思って納得しておく!」

 早速、イヤリングをつけて「見て! 似合うでしょ!?」と、おばさんやおじさんに見せびらかせてる。

 三人とも、最高の笑顔だ。

 手を振られて僕は、市川家を後にする。

 独りで歩く夜道は少し物足りないけど、次は何をすれば結姫は笑ってくれるのか。

 そう考えていれば、時間はあっという間に過ぎる。

 「……今日も、母さんは帰ってないか」

 急に静かになると結姫たちと過ごした楽しい時間が恋しくなる。

 多分、ギャップに心がついていかないんだろうな。

 そんな時は、写真や動画が元気をくれる。

 お風呂に入り、掃除をしてから布団を敷く。

 (たたみ)の上のスマホでは、結姫が楽しく笑う映像が次々と流れる。

 ああ、いいな……。

 結姫が生きてるんだって、実感ができる。

 この映像を見てると、安心ができる。心の支えだ。ホッとして眠れる。

 「……寿命の取引。余命契約、か」

 今のままだと、結姫の余命は……あと九ヶ月。

 それで結姫の生涯が終わったらと思うと、血が逆流するように気分が悪くなるよ。

 ベッドの上で呼吸が弱まり目も見えなくなってく姿なんて、二度と見たくない。

 寿命譲渡契約を更新してもらえるように、この笑顔を守ろう。

 それで瓶の中の輝きみたいな人生を、カササギに見せられるはずなんだ――。