「夕方は寂しくて嫌だな」
秀一郎さんが言った。ぼくらは学校の帰り道を歩いていた。
「夜になっちゃうから」
いまではすっかり薄暗く、遠くで空が燃えていた。
「たそがれどきってのは、そういうもんだ。夜になっちゃえば楽しいのにね」
「そうですか」
「大人になると夜のほうが楽しい」
「それエッチな意味で?」
「違う違う。まあそれもあるけど、なんとなく終わりに向かってはしゃぐのが許されるような気持ちになる」
「打ち上げみたいなことですか」
「まあそんな感じ。一日なんとか生きれたってね」
そんなふうに歳を取ったら考えるのだろうか、と思った。そして、
「そもそも秀一郎さんなんもしてないじゃないですか」
と言った。
「あ、バレましたか? それでもいろいろあるのだよ」
「ふーん」
「で、デートはどうだった」
「どうって、そのあと映画観たくらいで」
「あ、デートってとこ否定しないのな。健全だねえ」
「なんか」
ぼくは口篭った。
「なに? 物足りない?」
「そんなんじゃないですけど」
帰り、うち寄ってく? と言われたけれど、断った。べつに何の気なしに言ったんだろうけれど、たぶんあの部屋に入ったら、なんとなく、自分がおかしくなってしまいそうな気がした。
「だったら、きみ、裕太と付き合わない?」
秀一郎さんが、まるで名案を思いついたみたいにぽんと手を叩く。
「あの、なんで、ちょいちょいそういうこと言うんですか」
お二人は多分、付き合ってらっしゃるんですよねえ。流石に鈍感なぼくでもなんとなく察する。
「大人の包容力をきみは求めているのかもしんないなーと思って」
「いやですよ、なんかいっつも渋い顔してるし」
「ふふ」
秀一郎さんは笑った。「まあ、アメフトイケメンに失恋したら、保険くらいに思っておきなよ」
「秀一郎さんはいいんですか?」
「ぼく? 全然かまわん、なんなら二人がいちゃこらしてるのを覗き見したい」
「そういう性癖。ネトラレ的な」
「そうかも」
そして、空を見上げて、「タソガレよりももカワタレがいいな」
と言った。
「なんですかそれ」
「タソガレの反対。明け方の薄暗いとき。なにかいいことが始まる予感に満ち溢れた、澄んだ時間のことだよ」
「夜明けなんて、起きてないな」
「たまには起きて窓の向こうをみてごらん。ああ、でもアメフトイケメンと一晩中あんなこととかそんなことしたときに見れるかもね」
「やっぱ下ネタか」
ぼくがため息をつくと、
秀一郎さんは、
「なにかが始まるのに、自分が溶けていくように思えてきて、とても素敵なんだよ」
と言った。
秀一郎さんが言った。ぼくらは学校の帰り道を歩いていた。
「夜になっちゃうから」
いまではすっかり薄暗く、遠くで空が燃えていた。
「たそがれどきってのは、そういうもんだ。夜になっちゃえば楽しいのにね」
「そうですか」
「大人になると夜のほうが楽しい」
「それエッチな意味で?」
「違う違う。まあそれもあるけど、なんとなく終わりに向かってはしゃぐのが許されるような気持ちになる」
「打ち上げみたいなことですか」
「まあそんな感じ。一日なんとか生きれたってね」
そんなふうに歳を取ったら考えるのだろうか、と思った。そして、
「そもそも秀一郎さんなんもしてないじゃないですか」
と言った。
「あ、バレましたか? それでもいろいろあるのだよ」
「ふーん」
「で、デートはどうだった」
「どうって、そのあと映画観たくらいで」
「あ、デートってとこ否定しないのな。健全だねえ」
「なんか」
ぼくは口篭った。
「なに? 物足りない?」
「そんなんじゃないですけど」
帰り、うち寄ってく? と言われたけれど、断った。べつに何の気なしに言ったんだろうけれど、たぶんあの部屋に入ったら、なんとなく、自分がおかしくなってしまいそうな気がした。
「だったら、きみ、裕太と付き合わない?」
秀一郎さんが、まるで名案を思いついたみたいにぽんと手を叩く。
「あの、なんで、ちょいちょいそういうこと言うんですか」
お二人は多分、付き合ってらっしゃるんですよねえ。流石に鈍感なぼくでもなんとなく察する。
「大人の包容力をきみは求めているのかもしんないなーと思って」
「いやですよ、なんかいっつも渋い顔してるし」
「ふふ」
秀一郎さんは笑った。「まあ、アメフトイケメンに失恋したら、保険くらいに思っておきなよ」
「秀一郎さんはいいんですか?」
「ぼく? 全然かまわん、なんなら二人がいちゃこらしてるのを覗き見したい」
「そういう性癖。ネトラレ的な」
「そうかも」
そして、空を見上げて、「タソガレよりももカワタレがいいな」
と言った。
「なんですかそれ」
「タソガレの反対。明け方の薄暗いとき。なにかいいことが始まる予感に満ち溢れた、澄んだ時間のことだよ」
「夜明けなんて、起きてないな」
「たまには起きて窓の向こうをみてごらん。ああ、でもアメフトイケメンと一晩中あんなこととかそんなことしたときに見れるかもね」
「やっぱ下ネタか」
ぼくがため息をつくと、
秀一郎さんは、
「なにかが始まるのに、自分が溶けていくように思えてきて、とても素敵なんだよ」
と言った。