キャロットタワーの前で、ぼくは待っていた。待ち合わせ時間まで十分ある。早くきすぎた。
しばらく道ゆく人を眺めていたら、秀一郎さんが言っていたことを思いだした。
きちんと眺めていると、ばちっときみと目が合って、そして自分と同じ世界にいる人ってのが必ず現れるんだ。
みんなそれぞれどこかに向かっている。一瞬目が合ったりするけれど、だからといってじっくり見られているわけでもない。なんか見ている人間がいるな、そのくらいでとくに気にも留めない。ぼくだって、べつに注目したりはしない。
スマホを見たまま歩いていたり、とりあえずぶつからないように目を開いて歩いているけれど、視線はなんとなくぼんやりしている。
同じ時間に同じ場所にいるけれど、決して同じ世界にはいない。
ということがなんとなく、わかった。
ばちっと目が合う人なんて現れるのか、想像がつかない。
なんとなく遠くを見たとき、ぎゅっと目が捕まえた。それ以外がぼやけた。
遠くなのに目が合い、そして手を振ってくる。
あ、と思った。
同じ世界にいる人だ。
「待った?」
豊かがそばまでやってきて言った。
「いまきた」
「早いな」
「豊も早いね」
「五分前行動心がけてるから。そうしておかないとぐだぐだするし」
「そうか」
なんとなく私服姿の豊を見ていたら、懐かしいような意外なような、襟付きのシャツ着ているし。いや、制服もそうだけれど、青のストライプだし、となんとなく顔を合わせるのが気恥ずかしく、首から下を見ていた。
「どこ行く?」
「ああ、そうだね」
「とりあえず、スポーツショップで買い物あんだけど」
「先行く?」
「ああ、だったら先に行ってから考えていい?」
ぼくらは久しぶりに、並んで歩いていた。
スポーツショップで買い物をして、さてどうするかとなったときだ。
「なんか食うか」
豊が言った。
「だね」
いやもう気持ちで腹一杯だ、と思いながら頷くと、
「前に部活の連中と一緒に行った焼肉屋があるんだけど、安かったし、日曜はどうなのかな」
と豊が歩きだした。
焼肉。
一瞬止まってしまった。
「なに?」
「なんでもない」
いまでは焼肉屋にいったらそのあとでないかがある、と思ってしまう。秀一郎さんのせいだ。
「がんばれ〜」
とどこかで声が聞こえた。
いや、いま街の雑踏のなかだから、そんな言葉が聞こえたところで、誰かの会話でしかないのかもしれなかったが、なぜか自分に向かって言われている気がした。
「どうした?」
あたりを見回すぼくを、豊かが不思議そうに眺めた。
「いや、なんでも。あ」
背後の物陰から、にやにやしながら顔を覗かせている秀一郎さんがいた。しかも、その後ろに、顔をしかめてそっぽを向いている塚原先生もいる。
「行こう」
ぼくはなにごともない、といったふうにして歩き出した。
「ああ。方向そっちじゃない」
豊が言った。
焼肉屋に入り、注文をしてから、ちょっとトイレ、とぼくは席を立った。
豊を気にしながら、店を出ると、
「バレたか」
と秀一郎さんが立っている。
「なんでいるんですか」
「いや、デートの見守り」
「デートじゃねえし、そもそもそんなの頼んでないし」
さっさと帰ってくださいよ、と秀一郎さんの背中を押したときだ。
「なんだ、バレたのか」
と、スタバのフラペチーノを二つ手にした塚原先生がやってきた。
「なんで先生までいるんですか」
「教師だって、スタバ行くんだよ」
秀一郎さんが言うと、
「べつにきたくてきたわけじゃない。平間がまたなにかやらかすかもしれない、と脅された」
と不満気に先生が言った。
「しねえし」
「不純同性交遊をこれからするんでしょ、焼肉食ってから」
「しねえし」
「なんだ、つまらん」
秀一郎さんが言った。「これ、必要かと思って」
と言って袋を渡した。
「なんですかこれ」
開けてみると、コンドームとローションが入っていた。
「お前なに渡してんだ」
先生が睨みつけると、
「いや、準備しといたほうがいいかなって」
「いりません」
ぼくは袋をつっかえした。
「あ、自分で用意してんの?」
「してないけど使わないから」
「じゃあ、ぼくが使うか」
秀一郎さんが残念そうに受け取った。「これからどっかで使う?」
と先生に言うと、
「あほが」
と先生が去っていく。
「ちょっと待ってよ、フラペチーノ」
秀一郎さんが追いかけて、そして振り返り、僕に向かって、
「がんばって〜」
と手を振った。
店に戻るとすでに豊かが紙エプロンをつけ、肉を焼いていた。
「遅かったな」
「うん」
「肉焼けてるから」
といって、山盛りとなった皿をぼくに渡した。
一口食べ。
「うまい」
とぼくは言った。
「だろ、安いし、量あるから」
豊かは肉を焼くのに集中しながら言った。
前に食べた高級なやつより、ずっとうまい。
しばらく道ゆく人を眺めていたら、秀一郎さんが言っていたことを思いだした。
きちんと眺めていると、ばちっときみと目が合って、そして自分と同じ世界にいる人ってのが必ず現れるんだ。
みんなそれぞれどこかに向かっている。一瞬目が合ったりするけれど、だからといってじっくり見られているわけでもない。なんか見ている人間がいるな、そのくらいでとくに気にも留めない。ぼくだって、べつに注目したりはしない。
スマホを見たまま歩いていたり、とりあえずぶつからないように目を開いて歩いているけれど、視線はなんとなくぼんやりしている。
同じ時間に同じ場所にいるけれど、決して同じ世界にはいない。
ということがなんとなく、わかった。
ばちっと目が合う人なんて現れるのか、想像がつかない。
なんとなく遠くを見たとき、ぎゅっと目が捕まえた。それ以外がぼやけた。
遠くなのに目が合い、そして手を振ってくる。
あ、と思った。
同じ世界にいる人だ。
「待った?」
豊かがそばまでやってきて言った。
「いまきた」
「早いな」
「豊も早いね」
「五分前行動心がけてるから。そうしておかないとぐだぐだするし」
「そうか」
なんとなく私服姿の豊を見ていたら、懐かしいような意外なような、襟付きのシャツ着ているし。いや、制服もそうだけれど、青のストライプだし、となんとなく顔を合わせるのが気恥ずかしく、首から下を見ていた。
「どこ行く?」
「ああ、そうだね」
「とりあえず、スポーツショップで買い物あんだけど」
「先行く?」
「ああ、だったら先に行ってから考えていい?」
ぼくらは久しぶりに、並んで歩いていた。
スポーツショップで買い物をして、さてどうするかとなったときだ。
「なんか食うか」
豊が言った。
「だね」
いやもう気持ちで腹一杯だ、と思いながら頷くと、
「前に部活の連中と一緒に行った焼肉屋があるんだけど、安かったし、日曜はどうなのかな」
と豊が歩きだした。
焼肉。
一瞬止まってしまった。
「なに?」
「なんでもない」
いまでは焼肉屋にいったらそのあとでないかがある、と思ってしまう。秀一郎さんのせいだ。
「がんばれ〜」
とどこかで声が聞こえた。
いや、いま街の雑踏のなかだから、そんな言葉が聞こえたところで、誰かの会話でしかないのかもしれなかったが、なぜか自分に向かって言われている気がした。
「どうした?」
あたりを見回すぼくを、豊かが不思議そうに眺めた。
「いや、なんでも。あ」
背後の物陰から、にやにやしながら顔を覗かせている秀一郎さんがいた。しかも、その後ろに、顔をしかめてそっぽを向いている塚原先生もいる。
「行こう」
ぼくはなにごともない、といったふうにして歩き出した。
「ああ。方向そっちじゃない」
豊が言った。
焼肉屋に入り、注文をしてから、ちょっとトイレ、とぼくは席を立った。
豊を気にしながら、店を出ると、
「バレたか」
と秀一郎さんが立っている。
「なんでいるんですか」
「いや、デートの見守り」
「デートじゃねえし、そもそもそんなの頼んでないし」
さっさと帰ってくださいよ、と秀一郎さんの背中を押したときだ。
「なんだ、バレたのか」
と、スタバのフラペチーノを二つ手にした塚原先生がやってきた。
「なんで先生までいるんですか」
「教師だって、スタバ行くんだよ」
秀一郎さんが言うと、
「べつにきたくてきたわけじゃない。平間がまたなにかやらかすかもしれない、と脅された」
と不満気に先生が言った。
「しねえし」
「不純同性交遊をこれからするんでしょ、焼肉食ってから」
「しねえし」
「なんだ、つまらん」
秀一郎さんが言った。「これ、必要かと思って」
と言って袋を渡した。
「なんですかこれ」
開けてみると、コンドームとローションが入っていた。
「お前なに渡してんだ」
先生が睨みつけると、
「いや、準備しといたほうがいいかなって」
「いりません」
ぼくは袋をつっかえした。
「あ、自分で用意してんの?」
「してないけど使わないから」
「じゃあ、ぼくが使うか」
秀一郎さんが残念そうに受け取った。「これからどっかで使う?」
と先生に言うと、
「あほが」
と先生が去っていく。
「ちょっと待ってよ、フラペチーノ」
秀一郎さんが追いかけて、そして振り返り、僕に向かって、
「がんばって〜」
と手を振った。
店に戻るとすでに豊かが紙エプロンをつけ、肉を焼いていた。
「遅かったな」
「うん」
「肉焼けてるから」
といって、山盛りとなった皿をぼくに渡した。
一口食べ。
「うまい」
とぼくは言った。
「だろ、安いし、量あるから」
豊かは肉を焼くのに集中しながら言った。
前に食べた高級なやつより、ずっとうまい。