秀一郎さんは襟首を塚原先生につかまれていってしまった。
 なんだったんだ。そもそも、豊のほうが好き、とか変なことを言って。ああいいタイプだからもしかしてぼくが白状するようにかまをかけたのかもしれない。
 ベッドで横になっていると、ラインがきた。
『今日は面白かったね〜』
 秀一郎さんである。
『あれからどうしたんですか?』
『裕太にボコられた、死ぬかも』
『ご愁傷さまです』
『ま、毎度のことだから無問題』
『つよ』
『それよりも君のほうが登校拒否とかなんないでよ。裕太の仕事増えるから』
『担任じゃないから関係ないでしょ』
『いや〜、だって行方不明になられて新宿二丁目探し回るとか最悪でしょ』
『しねーし』
『きみ、やさしくしてくれるひとにホイホイついていっちゃうでしょ』
『べつにそんなこと』 
 ……になってしまったのを捕獲されたのだった。
 そして、パンダがはしゃいでいるスタンプがきた。
 しばらく放っておいているうちに、あることに気づいた。
『平日休みなんですか』
 前回も下校時に待ち伏せされたのだ。いい大人なのに、なんであの時間にうろちょろできるんだ。
『ああ、いま仕事してないんで★』
 最後に星をつけたところで、それは……ニートじゃん。
『やめちゃったんですか』
『なんでいつでも呼んで。遊ぼ〜』
 いいおっさんが高校生となにして遊ぶんだ。
『間に合ってます』
『あのアメフトくんとエッチな遊びするんだな!』
 本当に、この人はいったいなにを見ているんだ。誤解している。
『豊とはそんなんじゃないですって。ただの幼馴染です』
 そう、ぼくらは小学校の頃から一緒だった。スポーツをしている豊と、さほど得意じゃないぼくだったが、なんとなくうまが合って、よく遊んでいた。
 豊のほうは中学の頃からすでに頭角を表し、プロとの合同練習や、アンダー18のチームに参加するようになって、アメフト漬けの生活となり、少しずつ疎遠となっていった。
 べつに豊のほうはそんな合間によくぼくを遊びに誘ってくれた。しかし、なんとなく気が引けた。将来を有望視されていいるし、なんとなく近寄りがたいアメフト仲間以外にも、豊のことをかっこいいと、女の子たちが周囲にいて騒いでいたから。
『ふーん。なんとなく、それ以上の関係に見えちゃうな。勘のいいこだったら、きみらのこと、気づくんじゃない?』
『なにをですか』
『わからん。ぼくは鈍感だから』
 十分鋭い。
 なんだかこのまんまやりとりして、墓穴を掘るのも嫌なので、スタンプを送ってそのまま終わられた。
 しばらくして返信の音がして、面倒だな、と思ってひらくと、
『大丈夫か?』
 とある。
『なにがですか』
 と送ってから、気づいた。
 豊からのラインだった。
 既読がついてしまっている。最悪だ。
『いや、大丈夫だよ』
 と慌てて送った。
『そうか』
『うん』
『なんか、面倒なことになっているのかなって思った』
 ……もちろんなっているんだが、そんなふうに心配して連絡してくれたことに、ぼくは胸いっぱいになってしまった。
 ごめん、たまに、いやけっこう、豊のエッチな姿を想像して色々捗らせてもらってた、と謝りたくなった。
『ぜんぜん。泣いてた子には謝ったし、べつに許してくれなくても、それはそのときで。むしろ許さないっていうのも尊重するし』
 あのプライドだけが高い、自分が偉い人間だと鼻にかけているいけすかねえやつ、とはさすがに言わない。
『そうなんだ。日曜日さ、ひさしぶりに練習ないんだけど、遊ぼうぜ』
 え。
 ぼくは、動揺した。
 遊ぶ? そんな貴重な時間をいいのか? どうする?
 断ったところで、そうなんだ、とべつにたいして気にしないだろうけれど、でも、もうそんな機会なんてないかもしれない。
 豊は卒業したら関西の強豪校へ推薦入学が決まっていた。なぜ高校に通うのか。それは、高校を卒業したら、豊と遠く離れてしまうから、だった。
 もう接点なんてなにもなくなる。
 しばらく考えて、そして、
『いいね』
 と返事した。
『じゃあ、昼にキャロットタワーのとこで』
 しばらくして連絡がきた。そして続いて、
『大丈夫?』
 ときた。
 もちろんだ。ところで、日曜の昼、なにを着ていったらいいんだ。ぼくは押入れを開け、服を漁っていると、またスマホが鳴った。
 そうだ、興奮して返事していなかった、と慌ててスマホを開いて、
「日曜の昼にキャロットタワー了解』
 と送った。
『? 了解』
 とすぐに返事がきて、そのときに気づいた。
 送った相手が秀一郎さんだったことに。
 秀一郎さんが『大丈夫?』と豊と同じメッセージを送っていたのだ。
「うわ」
 まず豊に、『楽しみにしている』と送信して、秀一郎さんに『間違えました。なんでもないです』と打っているときだ。
『なにして遊ぶ〜?』
 と秀一郎さんから連絡がきた。
 そして、このあと、日曜日のことを、結局ぼくは、ゲロった。