昼休み、豊が教室にはいってきた。
「ちょっといい?」
 ぼくは弁当箱を持って、外に出て行こうと思っていたところだった。
「うん、じゃあ、出よう」
 とぼくが促すと、豊がぼくの手を握った。
 クラス中がぼくらに注目して、どこかで女の子が「きゃ」と声をあげるのが聞こえた。
「俺たち付き合うことにしたから」
 豊が周りに聞こえるように言った。「じゃ、行こう」
 ぼくらは教室を出た。
 しばらく廊下を歩いてから振り向くと、教室のドアからクラスメートが顔を覗かせていた。
「あのさ、これって、すごく面倒なことになるんじゃない」
 なんとなくすれ違うみんながぼくらを見ている気がした。
「そんくらいで面倒になるんだったら、ほっとく」
 豊かは前を見たまま言った。
「でも、なにか問題起きたら、推薦とか。みんなネットに書いたりして」
「別に、ほんとうなんだし、いいじゃん」
 豊がぼくのほうを向いて言った。
「困るよ」
「なにが」
「ぼくのほうが、豊が好きなだけのに」
 ぼくが下を向くと、
「どっちが相手より好きなのかとか、見えないしなあ」
 とのんびりと言って、笑った。
 その笑顔をどうにかしてそのままでいさせたかったんだけどな、と思った。そして、でも豊は、なにがあろうと笑っていてくれるだろう、とも思った。
「だね」
 と言ったときだ。
「豊くん」
 声がして、あの女が険しい顔で立っていた。
 急いでやってきたのか、取り巻きは引き連れていない。
「なに」
 豊の顔から笑顔が失せた。
「豊くんは……優しいから、こいつのこと庇ったのかもしれないけど、それで豊くんが変な噂されるのとか、損だよ」
 どの口がそんなこと言ってるんだ、とぼくは思ったが黙っていた。
「べつに損じゃないけど」
「だって、こいつのせいで陰で悪口言われるのとか、そういうの、やっぱり見ていて耐えられないし。もし推薦とかチームに入れなくなったら、どうすんの? せっかく豊くん頑張ってきたのに。ずっと見ていたから、そんなの悔しいよ」
 と女はなんだか震えていた。
 どの口がパート2、とぼくは思い、お前が、と言いそうになったときだ。
「心配してくれてありがとう。でも、俺が誰を好きかで排除されるとかだったら、そんな推薦なんていらないな」
 豊がキッパリと言った。
 女はそれを聞いて、ぼくを睨みつけた。
 いやだから、なんでお前が正義になってんだ、と腹が立った。
「秘密なんだけど」
 豊が女に言った。
「なに」
「絶対に言わない?」
「当たり前だよ」
 なんだか妙に甘ったれた声を女が出して、ぼくは吐きそうになった。
「実は好きだって告白したのは俺のほうからなんだ。これ言ったら、お前がバラしたこと決定な」
 と言った。
 行こう、と豊がぼくの腰を叩いた。
「公認になったわけだから、俺のほうから会いにいくよ」
 豊が覚悟を決めたのだから、自分だって、
「うん」
 と答えた。