いじめやからかいは、いまどき物的証拠を作るものではない。教師に見つかると面倒になる。
 みんなスマホで共有して、中傷する。それがいまのやりかたである。
 教室に入ると、いつも以上に異様な雰囲気になっていた。
 真剣に、なにもかもが面倒だから登校拒否になってやろうかな、とすら思った。
 そして、黒板に、でかでかと落書きされていた。

平間エイジ、ホモ粘着キモスギィ!

 思わず笑ってしまった。淫夢ネタも打ち込んでるし。完全に書いているほうが調子に乗っているのがわかった。
 ぼくは思わずスマホを出して、撮影した。
 かしゃ、という音に、教室がざわつく。チクるときの証拠画像を撮ったのだと思われたのだろう。ここで大人を出してきたら、話がもっと混迷をきたす。いや、すでにグロテスクになっているけれど。
 ひまな連中の息抜きのネタにされているから。
 ぼくは席に座った。
 みんな、ぼくが黒板の書かれた文字を消すとでも思っているのかもしれないが、自分からするつもりはない。
 遠くの方で女子が固まっていて、ひそひそ話しながらこっちを伺っているのがわかった。中心にいるのは、あの女だ。
 このままなにごともなくしておくか、どうするか。
 なにもかもが面倒だった。
 豊と学校ですれ違うのを楽しみにこれまで過ごしてきたけれど、そんな密かな楽しみさえも、奪われた。
 もうどうなったっていい。
 ぼくは立ち上がった。
 そして女子たちの群がる場所まで行った。
「これ書いたのきみ?」
 ぼくは相手の目を見て言った。怒りも、悲しみも見せないように気を使ったけれど、滲み出てしまっていたかもしれなかった。
 女は一瞬キョドり、目を伏せた。
「はあ? ちげーし」
「平間なに喧嘩売ってんの? うぜー」
「なにやってんのおま」
 まわりのとりまきが次々と僕に向かって煽って、誰かがどん、と胸を押してぼくは尻餅をついた。
 その様子を見て、クラスのあちこちから笑い声が上がった。
「もうお前キモいから学校くんなよ」
 誰かが言った。
 ぼくは立ち上がり、そしてどこにいるのかわからないやつに向かって、言った。
「逆に、くる。決めた」
 正直女どもと一触即発の喧嘩を起こして、それから不登校でもしてやろうと思っていたが、一瞬でそういう気分は吹き飛んだ。
「男子がキモがってんぞー、襲われるかもしんねえし」
 女たちの一人が言った。
「女のことばっかり考えてるやつだって似たようなもんだろ。男の目ばっか気にしてる女どもと何が違う」
「はあ? ガチで死ねよこいつ」
 教室が大騒ぎになったとき、チャイムが鳴った。
「こいつアメフト部のキャプテンでシコってんぞ。気をつけろー運動部〜」
 ぬかしたやつと戦う、と決めてあたりを見回したとき、遠くで友達が首を振っていた。やめろ、これ以上ややこしくすんな、と目が言っていた。
「かわいそ、豊くん」
 女が言った。
 ほんとうにそうだ。
「おい、なにやってんだ」
 担任が入ってきて、黒板を見た。
「黒板はしょうもないことを書くためにあるんじゃない」
 そう言って乱暴に消していく。この話題に触れたくもないのだろう。たしかにこれは、ばかなやつらの、ただばかな行為でしかない。
 ぼくは席についた。