幼少期から気が弱いくせに生意気で、口喧嘩で負ける度に名前通りの泣き虫と揶揄されているうちに、月凍涙(つきこごりるい)は人間関係をのらりくらりと避けることを処世術とする一匹狼、悪く言えばぼっちな高校生になっていた。でも未だに泣き虫涙くんと言われると、悔しくて涙がぽろぽろと溢れてしまう。
「でもその涙ってさ、いつもいじめられてる人を庇ってた、涙の不器用な正義感の現れだよ。
お前のそーいうとこに、俺は恋してるんだけど。おーい。」
愛陽眩夢(あいようくらむ)は左手で涙の耳からイアホンを外して、ふっーと涙の右耳に息を吐く。
「またなんも流れてないいイアホンで聞こえてない振りしてくれちゃってさ。顔も耳も赤いからバレバレなんですけど、涙。目、潤んでるぞ、泣き虫涙くん。」
「もう、耳いじめるのと泣き虫って呼ぶのは無しって言ったじゃん。目が潤んだのは、眩夢がまぶしくて、くらくらするからだもん」
「全く、小っ恥ずかしくなるくらい素直でよろしい。愛しい奴め。」
眩夢は涙のさらさらした色素の薄めの栗色の髪を優しく撫でる。涙は甘酸っぱい気持ちになって、また赤面しながらも気持ち良さに観念して目を閉じた。
引きこもり、もといインドア派の証しの白い肌が学ランからのぞくひょろっとした細身な肉体の涙と、誰とでもそれなりに仲良く、いつもクラスの中心で笑ってる筋肉質な小麦色の肌をした眩夢。

髪を撫でていた眩夢が、ふいに涙を背中からバックハグをして、抱きしめられた涙は体温が沸騰しそうになる。
「ひ、人が来たらどうするの?」 
一番小さい予習用の教室とはいえ誰もこないとは限らない。涙の白い頬に紅が差し、涙が目を白黒させるのを見ながら、眩夢は教室の鍵を内側からかけた。