『永井さん、今日日直だよね?』



警戒されないように笑顔で声をかけたけれど、彼女から返ってきた言葉は『……そう』のひと言だけだった。

ひと言でも話せてうれしいような、まだまだ遠い心の距離が悲しいような……。
複雑な気持ちになった上、一緒にいた女子たちが彼女に嫌味までぶつけて最悪な展開になった。



『受験失敗してうちにしたんだってさ』

『えー、かわいそー』



白々しく嫌なことを言う彼女たちに、いつも凛としたひなの表情がほんの少しだけ歪むのが見えた。

きっと彼女も努力して、だけど上手くいかなくて挫折しながら今ここにいるんだろう。
自分とは全く状況は異なりながらもどこか重ねてしまい、庇うようなことを言った。



『普段も放課後に図書室で勉強してるのよく見るし、永井さん頑張ってるんだよね』



俺がきみのことを見てるってこと、知ってほしい。
そんな気持ちを込めて伝えた、嘘偽りのない言葉だった。

後日、ふたりで話す機会があった際にその時のことをひなに詫びたことがあった。



『この前ごめんね、俺のせいで。嫌なこと聞かせたよね』

『ううん、大丈夫。……むしろ、うれしかった。ありがとう』



不快感や不満を見せるでもなく、ひなはそう言って小さく笑った。
初めて見たその笑顔はとても愛らしく、一発で俺の心を撃ち抜いた。

もっと、その笑顔が見たい。俺だけに向けてほしい。
自分の中で彼女が『なんとなく気になる人』から『好きな人』に変わったのは明らかだった。



けれどその後行動にはうつせず、2年進級時にはクラスも離れてしまい、接点がなくなったことにめちゃくちゃ後悔した。



『もう、なにしてるの!さっさと行かないからチャンスを逃すの!』

『そんなこと言ったって千代さん……』

『クラスが離れたなら他のところで接触するの!その子部活とかやってないの?』

『部活はしてない、けど……あ』



もはや恒例となっていた千代さんへの恋愛相談の最中。
ひなが1年時に図書委員だったこと、普段からよく本を読んでいたことを思い出し再度接点を持つきっかけにした。