『父さん、やめろよ!そんなふうに殴ったりするなら母さんと離婚しろって!』
『ガキが生意気言ってんじゃねぇ!』
そしてその拳は俺にも向けられることが増え、それを見て母親はいっそう心を病んでいった。
幸い父親は柚花には手をあげることはしなかった。
それ故になにも知らずに父親になつく柚花を見ていると胸が痛くなった。
柚花にとってはいい父親である存在を奪うことはよくないことなんだろう。
だけどやつれていく母親を見ていられず、俺が警察に通報をしたことで適切な対応がされ両親は離婚することになった。
離婚後、俺と母親と柚花は3人で暮らし始めた。
小さなアパートの一室で、シングルマザーとなった母親ひとりの収入での生活は決して裕福とはいえなかった。
けれど、暴力も怒鳴り声もない日々は幸せだった。
まだこれから柚花だってお金がかかる。俺も高校に入ったらバイトをして生活を支えよう。
そう思っていた矢先、俺は成長期を迎え背が一気に伸びて声も低くなった。
『彗、すごく雰囲気変わったよね。男っぽくなった』
毎日のように顔を合わせるクラスメイトからもそう言われるくらい顔つきも変わり、もともと父親似の顔は鏡を見るたび瓜ふたつになっていった。
そんなある日、それは本当になにげない瞬間だった。
『母さん、シャンプー切れた……』
『きゃあっ!!』
風呂上がりに居間に入った俺を見て、母親は肩を震わせ声を上げた。
突然現れて驚かせてしまっただろうか。そう思ったけれど、俺を見て青ざめる母親の顔を見て、それだけじゃないと気づいた。
驚いたんじゃない、怖いんだ。
父親に似たこの顔が。
父親自身はもうここにいない。
けれどその存在は別れてもなお、今だに母親の心を苦しめていた。
離婚になることで、母親のことを守っていたつもりだった。
俺がそばにいるから大丈夫、って母親にも何度も言ってきた。
だけど、今その心を苦しめているのは俺の顔に残る面影だ。
それを俺に知られないように、母親は必死に隠し耐えてきたのだろう。
……俺がそばにいるから、なんて笑える。
そばにいてほしいなんて、思ってないんだ。