「ひなの優しさが、いつか誰かの道標になりますように」



優しくささやいて、彗はそっと顔を近づける。
その距離を受け入れて目を伏せると、ゆっくりと唇が重ねられた。

触れるだけの、優しいキス。
けれどしっかりと感触を残し、彗がここにいたことを私に刻んだ。

唇が離れると同時に目を開けると、涙でにじんだ視界では薄明かりが笑顔の彗を包んでいる。
これが最初で最後のキス。そしてこの景色が、彼と過ごす最後の瞬間なのだとわかってしまった。

どんなに引き止めても、彗はここに留まることはできない。私は、元の世界に戻らなくてはいけない。

それなら、最後は。彼の記憶に笑顔で残りたい。



「彗……好きだよ。生まれ変わったら、またあなたに会いたい」



精いっぱいの笑顔で伝えると同時に、ゆっくりと雲が流れ朝日が昇った。
彗を連れるように、夜が明けていく。
最後の最後まで、ちゃんと彗を見つめていたいのに。涙で視界が歪んで、上手く見えない。

徐々に世界は光に溶けるように真っ白に染まり、いつしか私を飲み込んだ。

最後の記憶は、涙で濡れた、彗の柔らかな笑顔だった。