「ひなちゃん?帰られてますか?」
その声とともにドアから顔をのぞかせたのは、ややふくよかな中年女性。
黒いセミロングの髪をひとつにまとめ、エプロンをつけたその人は、うちのハウスキーパーとして働く美智子さんだ。
「美智子さん、ただいま」
「もう、帰られたら部屋行く前にひと声かけてくださいっていつも言ってるじゃないですか。
ごはんできてますから、降りてきてくださいね」
「うん」
美智子さんは穏やかな声をしながらも母親のような口調で言うと、部屋を後にした。
私も制服を脱ぎ私服に着替えると、続くように1階のリビングへ降りる。
大きな革張りのソファと、ガラスのローテーブル、大型テレビが置かれたリビング。
そこから奥にダイニングとキッチンが続いている。
オレンジ色の照明に照らされた6人がけの大きめのダイニングテーブルには、ごはんと味噌汁、焼き魚と煮物などふたり分の夕飯が並んでいた。
それを前にして座る、父の姿が目に入る。
メガネをかけた痩せ型の父は、見るからに神経質そうな切れ長の目を私に一瞬向けた。
けれどなにも言うことはなく、箸を手に食事を始める。
それを見て私も席につくと、無言で食事を始めた。
ふたりきりで囲む食卓はカチャカチャと箸と食器があたる音が響くだけで、なにひとつ会話はない。
「ひなの、勉強のほうはどうだ」
ようやく口をひらいたかと思えば、発せられる言葉は毎日変わらない。
「……やってるよ。出来る限り、頑張ってる」
「そうか、それならいい。女とはいえお前も父さんや雄大と同じ大学へ行って、同じ道に進むのが一番だからな」
その言葉に「はい」と小さく返事をしながらごはんを飲み込むけれど、味は感じられなかった。
うちは、医師の父とふたつ年上の兄との3人家族だ。
といっても兄は現在有名国立大学の医学部に通っておりひとり暮らしをしているため、家にいるのは私と父のふたり。
あとは家のことをしてくれている美智子さんだけ。