「彗……?」



まるで子供を慰めるように、その大きな背中を優しくさする。
少しだけ震える肩が、彼が精いっぱい涙を堪えようとしているのを知らせた。



「……家のこと、本当は結構きつくてさ」

「……うん」

「本音を言えば、柚花とも母親とも離れたくなかった。父親も、いいところもあるから嫌いになれなくて……みんなでいたかった」


家族というものは、不思議な絆でつながっている。
私が父に厳しくされても嫌いだと思えないように、彗もお父さんを悪だと割り切れなかったのだろう。

それに、家族4人で楽しく過ごした時間もあったのだと思う。彗はその時間を取り戻すことを願ってたのだと思う。

そんな彗がどんな気持ちで警察を頼り、両親に離婚するように訴えたのか。想像するだけで胸が痛い。



「せめて離婚の後、自分が母親と柚花を守るんだって思ってた。けど一緒に住んでたときに、俺を怯えた目で見る母親を見てダメだと思った。
俺がいることで母親を苦しめるなら、離れるしかないって思ったんだ」



自分に残る面影が大切な家族を傷つけていると知ったとき、どれほど悲しかっただろう。

そこで彗は『それでも自分は一緒にいたいんだ』と、自分の気持ちを優先させたりしない。
ひとりで泣いて、落ち込んで、割り切ったフリをして笑うんだろう。

それでも彗は誰にも弱音をこぼすことなく、学校でも笑顔のままでいた。
なんて強い人。そして、なんて切ない人。

私は撫でていたその背中を両手でぎゅっと抱きしめる。



「彗は頑張ったよ、ううん、今も頑張ってる。
彗が選んだ道はきっと間違ってない。だって、さっき彗のお母さんは笑ってた。あの笑顔は彗のおかげなんだよ」



私の些細な言葉、だけど精いっぱいの気持ちを込めたこの言葉が伝わるといい。
そう願いを込めて言った私に、彗は抱きしめていた腕の力を少し緩め私に額をつけて見つめた。

微かに濡れたまつ毛と、赤い鼻。初めて見る表情に、愛しさがあふれた。
思わず小さく笑うと、彗も微笑み私の額に唇で触れた。

噴水はまだ水しぶきをあげ、キラキラと辺りを輝かせる。
まるでふたりきりの世界のように感じながら、私たちは再びぎゅっと強く抱きしめ合った。



「ねぇ、ひな。明日の夜会えない?」

「え?夜?」

「うん。一緒に行きたいところがあるんだ」



抱きしめたまま、耳元で彗がささやく。
珍しい、夜の時間の誘い。だけど私は迷うことなく頷くと約束をむすんだ。


明日の夜。
元の世界なら、彗が亡くなる日。

優しいこの手を、絶対に離さない。