それからあっという間に時間は経ち、夕方まで動物園を満喫した私たちは、仕事後に上野まで迎えに来てくれた彗のお母さんに柚花ちゃんを引き渡した。

スーツ姿で駆けてきた彗のお母さんは、当たり前だけど、以前葬儀の際に見たときよりも明るく元気な人だった。



『本当にごめんね、彗。彗の彼女さんもありがとう』

『いえ、私も楽しかったです。また遊ぼうね、柚花ちゃん』

『まぁ遊んであげなくもないけど』



そんな会話を経て、動物園をあとにした私と彗は近くの大きな公園をふたりで歩いた。
すっかり人もまばらになった噴水広場は白い灯りでライトアップされ、幻想的だ。

昼間は歩いていると汗ばむくらいのいい天気だったけれど、夕方をすぎると一気に寒さを増した。
時折吹く風に体を縮めて耐える私に、彗はそっと手を差し出した。
ぎゅっと握ると大きな手の体温が、一気に全身を温めてくれる。



「ひな、もしかして柚花になにか話してくれた?」

「なんで?」

「いや、柚花があんなに素直に話してくれるとは思わなかったから。ひなのおかげなのかなって」



それは昼間の、売店でのことだろう。
柚花ちゃんにアドバイスはしたけど……内容から、彗に言うことは躊躇われる。



「……まぁ、人生の先輩として、少し」

「あはは、なにそれ。そんな言い方されたら俺も聞きたくなっちゃうじゃん」



下手なはぐらかし方をした私に、彗はおかしそうに笑った。



「でもありがとう。柚花からあんな言葉聞けるなんて、夢にも思わなかった」



夢にも、なんて……。
本当に柚花ちゃんに嫌われていると思っていたのだろう。もしくは、嫌われて当たり前だと思っていたのか。
彗は、なにも悪いことなんてしていないのに。

そうやってひとり、孤独に耐えていた彼を思うと胸が締め付けられて、私はその手をぎゅっと握り返した。



「柚花ちゃんもいるし、私もいる。彗は、ひとりじゃないよ」



沢山の気持ちをくれる彗に、なにができるか、なにが返せるかなんてわからない。
だけど、そばにいる。
寄り添い、心を寄せることはできる。

その気持ちを伝えた私に彗は足を止める。そして無言のまま、正面から私を抱きしめた。

その瞬間、目の前の噴水の演出が変わる時刻だったのだろう。それまで小さかった噴水が、私たちの背丈以上に高さを増し、飛沫がライトに反射しキラキラと輝いた。

その美しさが視界を埋め尽くす中、抱きしめる彗の頬から伝った水滴が、首筋を微かに濡らした。