「さむ!」



身を縮め声を上げながら、彗は首にマフラーを巻くとふと私を見つめた。



「……頬、大丈夫?」

「頬?あ、うん。もうすっかり」



先ほどお父さんに叩かれたときのことを言っているのだろう。
すぐ冷やしたおかげでもうすっかり腫れも引いた。痛かったけど、今思うとお父さんなりに加減したのだろう。

すると彗はそっと伸ばした手で私の頬を優しく撫でた。



「……すぐに庇えなかった。ごめん」



先ほどまでの明るい表情とは違う、悲しそうな目。
その表情から、今まで彼は申し訳なさや悲しさを押し隠し振る舞っていたのだろうと気づいた。

私はそんな彼の手に自分の手を重ね、首を横に振る。



「彗のせいじゃない。それに……私は、彗がくれた言葉のほうがうれしかった」



叩かれた痛みより、それまで感じていた恐怖より。
彗がくれた言葉が、涙が出そうになるくらいうれしかった。



『ひなの書く物語と出会うのを待ってる人がいるはず、ひなの物語は誰かの人生を変えるはずって』



なんて温かく、愛おしい言葉をくれる人なんだろうって思った。

思わず笑みをこぼした私に、彗はうれしさを堪えきれない、といったように微笑みをみせる。



「あー……抱きしめたい」

「え!?いや、ここ家の前……」

「10秒!いや、5秒だけ!」



ここはマンションの窓からもよく見えるところだ。もしかしたら部屋から美智子さんが見ているかもしれない。
だけど抑えきれないといった様子の彗に、私は照れながら渋々指を3本立てる。

その指が『3秒』を示していると察した彗は、頷いてから伸ばした両手で私をぎゅうっと抱きしめた。

強い腕と彗の家の洗剤の香りに包まれて、先ほどまでの緊張感が一気に緩む。
3秒、なんて自分で出した条件だけど、抱きしめられると離れ難く、私はしばらくその胸のなかに顔をうずめてしまった。

数十秒と抱きしめたあと、彗は腕の力をゆるめて私に顔を近づける。
そして先ほど父に叩かれた左頬に、優しくキスをした。

頬に触れるその唇の感触に、また胸がときめく音がした。
それと同時に、頬から耳とみるみるうちに熱くなる私に彗は「ははっ」と笑い声を漏らした。



「ひな、耳まで真っ赤」

「家の前でなにするの、バカ!」

「いやぁ、かわいかったからつい」



笑いながら腕をほどき、彗は顔をうずめたときに少し乱れた私の前髪をそっと整えてくれる。



「あ、そうだ。ひな、明日空いてる?」

「明日?空いてるけど」

「じゃあ明日、デートしよう」



デート?
彗は「時間と場所はまたあとで連絡するから」と話をまとめると、手を振り駅の方へ向かい歩き出した。