「まぁまぁ、お父さん落ち着いて。どんなに腹が立っても暴力だけはいけません」



私が叩かれたのを見てもなお、彗は動じることなく笑顔で宥める。
普通だったら『自分も叩かれるんじゃないか』とか思って怖くなってしまう気がする。だけどやっぱり、彗は心の強さが違う。



「それに、ひなのさんの言葉は『口答え』じゃなく、『意見』です。ひなのさんも人間なので思想思考があって当たり前ですから」

「なっ……」

「あ、ご挨拶遅くなりすみません。ひなのさんとお付き合いさせていただいてます、深山彗と申します」



にこ、と笑って礼をする。そのあまりにも堂々とした振る舞いにお父さんも言葉を失った。



「お父さんのおっしゃる通り、うちの高校はレベルは大したことないですし、僕自身もお世辞にも賢いとは言えません。特に数学が壊滅的で、この前の期末試験も散々でした」

「ちょっと、彗……」



なんの話をしているの、と止めようとする私を、彗は軽く手で制して言葉を続ける。



「昔から読書とかも苦手で、文字を見てると眠くなっちゃうんですけどね。でもある小説に出会って、この歳にして初めて小説って面白いなって気づいたんです。
それが、ひなのさんが書いた小説でした」



私の……?



「お父さん、この話読みました?東京にある架空のカフェが舞台のお話なんですけどね、カフェを経営する親子がいろんなお客さんと出会う話で、そのお客さんが癖強くて面白いんです」



黙って話を聞くお父さんに、彗は目の前のノートを手に取ると表紙をとめるセロハンテープを撫でた。



「ときに優しくて、だけど現実の残酷さもある。だけどひとつひとつのエピソードの最後には救いがあるハッピーエンドっていうひなのさんらしい話です」



私らしい、話……。

それは、現実の厳しさを乗り越えていく登場人物を描き、読んだ人の心があたたかくなるようなものが書きたい、という私の心。
彗には、それがちゃんと伝わっていたんだ。



「俺、思うんです。ひなの書く物語と出会うのを待ってる人がいるはず、ひなの物語は誰かの人生を変えるはずって」



私の書くものが、誰かの人生を変える。

根拠なんてないのに、迷わず言い切る彗の言葉からどこか力が感じられる。
けれど父はその言葉に対して鼻で笑った。



「……ふん、子供が生意気な」

「そうですね、子供です。俺もひなも、親の庇護のもと生きられてます」



父の言葉を受け入れたうえで、彗はまっすぐに向き合うように言った。