父が叱る時に発する圧は子供の頃から苦手で、強く叱られる度緊張感で吐いてしまっていた。
その癖がまだ体に染み付いていて、喉の下までなにかが込み上げてまた吐いてしまいそうになる。

かすかに震えだす手をぐっと握りそれをこらえていると、なにも言わないままの私に苛立つように、父はバン!とテーブルを叩いた。



「お前の今の成績と勉強量で医者になれると思ってるのか!?受験まで1年しかないんだぞ!?」

「……医者になんて、なりたくない」



小さな声で精いっぱいの反論をする。けれどその言葉に父の顔は怒りに歪んだ。



「なんだと!?こんなくだらん奴に変な影響受けて……そもそもあんなレベルの低い高校に行かせたのが間違いだった!今からでも転校させてやる!」



怒鳴りながら彗を睨みつける。その視線から、お父さんが彗をここに招いた意味に気づいた。

私たちを、別れさせようとしているんだ。

こうして私を責めるところを見せることで、私たちの間にぎこちなさやしこりを残すつもりなんだろう。
普通だったら、こんな父親がいる彼女と付き合いたい男なんていない。

その考えと彗をバカにしたような発言にカッとなった私は、衝動を抑えきれない。



「バカにしないで!!」



私の大声に、父は言葉を止める。



「お父さんが求めるようなレベルの学校じゃないけど、いい人もたくさんいる。彗のことも……なにも知らないのに好き勝手言わないで!!」



初めての反論に、声が震えて裏返る。
でも、自分のことなら我慢できる。だけど彗のことを言われるのだけは耐えきれない。



「私にとって彗がどれほど大切で、支えだったか、なにも知らないで簡単に言わないでっ……」



そこまで言った瞬間、厚い手のひらが左頬を思い切り叩いた。
パンッという短い音がすると同時に、叩かれた部分に痛みがはしる。



「旦那さま!」

「うるさい!口答えするのが悪い!!」



見かねた美智子さんの悲鳴に近い声に被せるように、父の怒鳴り声がさらに響いた。

頬がじんじんと痛む。
こわい、声が震える。今すぐ逃げたい、泣きたい。

だけど今ここで、怯んじゃいけない。
胸の奥の、飲み込みがちな本音を知ってもらうために伝えるんだ。

私は顔を上げその目をしっかり見る。
まさかこの状態で私が真っ向から向き合うとは思わなかったのだろう、一瞬父が驚きを見せた。
けれどそんな私の前に、割り込む形で彗が立った。